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| 【解説】 人生はよく旅にたとえられます。熊谷勝という方が次のように言っております。 「人生は自分探しの旅である 自分は何者であるか なにをしに来たのか どこから来て、どこへ行くのか 行ってどうするのか」人生には、家族や友人など多くのつながりがあるものですが、私のいのちというものを考えたときに、いのちはたった一人であることに気付かされます。 『大無量寿経』の中に 独生 独死 独去 独来 (どくしょう どくし どっこ どくらい)」という言葉が出てまいります。 共生≠ェ叫ばれるこの時代にひどく利己的に聞こえるかもしれませんがそうではないようです。 探るヒントは、お釈迦様の生死にまつわるお言葉に見出すことができそうです。 『生』―「天上天下唯我独尊」お釈迦様が生まれての第一声として知られる言葉です。一般的には、天にも地にも、ただ我ひとりにして尊し、「唯我独尊な人だ!」などという間違った使われ方をしているようですが、本来の意味は、生きとし生けるもの皆が、ただひとつの尊いいのちを生きている、私のいのちは誰も代わる事が出来ないといういのちを何よりも尊重する言葉です。この様な独りの意識こそが、共に生きるということを意識させ、自他共に大切に生きるこころを生じさせるのだと思います。 『死』―「おのれこそ おのれのよるべ よくとぎすまされし おのれこそ おのれのよるべ」、お釈迦様のご遺言ともされる『遺教経』の一節です。お釈迦様人生の旅が終着点となった時のお言葉です。よく研ぎ澄まされし己探しの旅が、禅の一つの命題です。道連れには、自分よりも優れた友を選びなさい、また同等の意識を持った友を選びなさいとお示しです。もしそれが叶わないようであれば、その時は独りで進む勇気を持つべきである。「むしろ独り行くことに心かためよ、林の中の象のように一人歩め」とも諭されます。 自分勝手な生き方を奨励しているわけでは勿論ありませんが、終いの覚悟、悟後の言葉といった趣きが感じられます。 よくととのえし おのれこそ まことえがたき よるべをぞ獲ん≠キべては良く整えられた自己からの見方が判らなければ正しい理解にはたどり着けないのかもしれません。 |