【解説】
 周利般特という仏弟子が居ました。兄は大変聡明でしたが、本人は自分の名前も忘れてしまうほど愚鈍であったと言います。ただ一つの取り得は、自分が他人より劣っている事を自覚していると言う事でした。ここで思い出されるのが親鸞の歎異抄にある「善人なおもて救われるいわんや悪人をや」という有名なフレーズ。捉え方は様々ありますが、ここでいう善人とは、自分の力だけで救われるとする者の事、悪人とは、自分の力ではどうする事も出来ない自覚を持っている者といえば理解の助けになるものでしょう。
 さて、愚かさの自覚を持っていた周利般特ですが、さすがにお経の一つも覚えられないのでは、すっかり仏弟子としての自信を失ってしまいます。その様子を見かねたお釈迦様は、大いに励まし、余念なく掃除に励む努力を促します。その精進の結果、秀才の兄より先に悟りを得たと伝えられています。
 また、世の中を見渡すと、自分の中に抱える弱さに怯える者ほど、人に冷たくあたったり、強がって見せる傾向にあるようです。自分の弱さを本当に自覚することで他人の心の弱さに寄り添う事ができるのではないでしょうか、また人の弱さを理解して優しい言葉をかけてあげたり、丁寧に接することが出来る人が本当の自分を持っている強い人と言えるのではないでしょうか。
 ところで、先日NHKの番組予告を見ていましたら、コメディアンの萩本欽一氏が、共演者を選ぶ時は、「うまい奴」は選ばない、「だめな奴」に運はたまっている。「だめ」なところを隠さなければ逆にそれこそ長所になると言うような事を言っていました。
 自分の欠点にいつ気がつくか、そしてそれを自分の心に隠さずに自覚する。これが目の前が開ける幸福への決め手となるようでございます。

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