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| 【解説】 宗派を超えた仏教者の会、南無の会会長の松原泰道老師が、機関紙『ぴっぱら』の中で“一日暮らしのすすめ”と題するコラムを書いておりましたのでここでご紹介致します。 “一日暮らし”とは江戸時代の高僧白隠禅師の師である正受老人晩年の教えで、元々は師が隠遁生活を送っていた信濃の国飯山の農村の人々が口伝にしていた素朴な生き方を、言葉を変えて生きる教えとしてすすめたものだそうです。 “一日暮らし”の一日は、“その日暮らし”のように、一年の中の一日とか、一生の内の一日というような安易で無責任な受け止め方ではなく、かけがえのないたった一日という厳粛な一日として今日を生き抜く心を言います。 正受老人は教えられます。「私が村人の一日暮らしの日送りを体験してみると、まず精神が健やかになり、身体の養生の上にも要(コツといえるもの)を得た。そのわけは、一日は千年万年の初めであると覚悟すると、日々がおろそかにできなくなる。それなのに、その今日を忘れて、まだ来ない明日のことをどうのこうのと心を使って心労するのは、賢い人間のすることではない」また、「辛いことでも、今日一日の辛抱と思えば、しのいでいける。どんなに楽しい道楽でも、今日一日限りと決めれば溺れなくてすむであろう。すべてを今日一日と引き締めて生きるなら、百年千年も長いと思わずに日暮らしができよう」そしてまた「一大事(人生で最も大切なこと)とは今日只今 松原老師は、この大切な教えを「一日一生」と言いかえられます。坐禅に親しむ生き方を志す私達は、一息に成り切る難しさを含めて「一息 |