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| 【解説】 スポーツマンシップと言えば、誰もが疑いなく爽やかなイメージを思い浮かべると思いますが、国技である相撲の問題に止まらず、ハングリー精神が大切とされるボクシングまでその品位が問われております。 世界が注目する対戦での見るに耐えない反則とセコンドの暴言に、世間の目は厳しかったようです。今更ながらではありますが“話題性と人気、そして強ければそれで良いのか”疑問を持っていた方も多かったのではないでしょうか。 しかしながら、マスコミによって作られた勝ち組一家とでも言うのでしょうか、仏教で言う“憎上慢”の心は、マスコミからその父親へ、そして子へと連鎖的に広がり、そして今回の結果へと繋がったものなのでしょう。その後、親子揃っての謝罪会見が放映されましたが、これも残念ながら心からの謝罪というようには見えませんでした。 ただ、後日、事を起こした本人が父親を交えずに対戦者に直接会ってお詫びをしたと聞いたときには、ボクシングで戦う以上の勇気が感じられて少し安心させられました。 話は変わりますが、アメリカの動物園で「この世で一番恐ろしい動物」という看板が立っていたので入ってみたら、一枚の鏡があって自分の顔が映るようになっていたという話があります。 お釈迦様は“自灯明”という言葉でこの世で一番頼りになるのは自分だと仰いますが同時に自分を滅ぼす悪魔も自分だという事でもあるのでしょう。支えとなる者も、滅ぼす者、どっちに転ぶのも自分次第、悪い言葉を“あっく悪口”、行為を“あくごう悪業”と言いますが、悪口、悪業ともに自分の心の畑に種をまき、それを自分で育てているようなもの、これがやがては金剛石(ダイヤモンド)がどんな固い宝石でも傷つけるように、鋭い刃物となって自分の身を傷つけてしまうものなのでしょう。 “掃けば散り払えばまたも塵積もる人の心も庭の落ち葉も”という詩が浮かびます。 放っておいても積もる塵、風が吹かずとも舞い落ちる木々の落ち葉も、戒という教えの箒でただただ掃き清めるしかないという事なのかもしれません。 |