【解説】
読売新聞社会部の棚瀬 篤氏の特集“問い語り”に、今月1日殺人罪で起訴された別部卓治被告が自白に至るまでの記事がありました。それによると自白を始めたきっかけは母親からの「いいかげんにしなさい」という一言だった。ただし説教の主は現実の母ではなく夢に現れた母親だった。刺殺事件が起きた2005年3月。現場に手がかりは少なく、捜査は完全に行き詰まっていた。ところが昨秋、別件で逮捕された別部被告が逮捕され、事態は急展開する。拘置中に「母親が夢に出てきて・・・」と3年前の事件を自ら告白し始めたと言います。どんな心のメカニズムから急に母親が夢に現れたのでしょうか。
また次にある県警のベテラン刑事の経験談をあげます。盗みの常習犯の男が自主してきたのは約20年前。30代後半だった男は、この3年ほど前に何度目かの刑期を終えた際、姉から「もう泥棒はやめてね」と一冊のお経の本を手渡されていた。その後も盗みを重ねていたが、ある日ふと手にとった経典に、弟の改悛を願う姉の心情がしみじみと思い起こされ、自首を決意したと言います。犯罪者はこのまま死ぬまで苦しむのかという不安に、無意識にさいなまれ、ふとした出来事が心の琴線に触れて、後悔の念がしぜんと自首へと導かせたものなのでしょう。 また、刑事が犯人を自供に導くメカニズムも、相手の気持ちに寄り添いながら、触れられると弱い部分に訴えかける手法にあるそうです。言えば人の善なる部分を導きだすのが取り調べのあるべき姿なのでしょう。
罪という悪しき業を犯した例は、仏教でも、親を殺し釈尊の命までも狙った提婆達多の大罪や、殺人鬼アングリマーラの説話に有名ですが、何れも、罪という空を覆う暗雲は懺悔という善き業、手法で心清められ、仏教に帰依するという善き結果、雲を離れたる月としてあらわれたという事なのでしょう。「堤婆達多は善知識である。彼のお陰で私は等正覚(完全なる悟り)を成じて、今広く衆生を救う事が出来るのである。」との釈尊の言葉もあります。小罪とは言え、日々心に染まった罪過を溜め込む私たちです。善き教え、善き言葉を日々学びつつ、心を整える一日を過ごしたいものでございます。
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−さんげ−
服のポケットや着物のたもとに いつとはなしに ごみがたまる
こころも また 知らぬ間に塵(ちり)に汚れていく
たえず戒(おしえ)をまもって おのれを浄めていこう |
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