【解説】
 先日、今年の一文字が発表になりました。清水寺の森管主様に「こんな字が今年の一文字とは情けない」と言わしめた『偽』の一文字。
 大企業の偽装請負 、政治家の事務所費偽装、防衛省官僚の見積書水増し偽装、有名食品メーカーや老舗料亭の賞味期限偽装等々、日本国中が偽装に振り回された一年だったような気がします。森管主様ではありませんが、報道を見るたびにこちらの心までが汚れて行くような悲しい気持ちになって参ります。
 ところで、中国の唐の時代に白楽天という有名な詩人が居りました。役人でもあった彼はその赴任の地、広州において高僧として名高い鳥?道林禅師に会いに行きます。力量を試してやろうという気持ちもあったのでしょうか、木の上にて坐禅を組んでいた禅師に問いかけます。「仏教の教えの本当のところとは一体何でしょうか」道林禅師曰く「悪い事はやめなさい、良い事をすすんでするように」白楽天は当然だと言わんばかりに「その様な事は三歳の子供でも知っています」「三歳の子供でも知っている事だが、八十歳の老人になっても行う事は難しい」重ねて問います。「そのような高い木に登って危なくないのか」「そなたの足元の方がよほど危ないようだが」白楽天は言葉を失い、また深くうなずくものがあったと言います。
 “言うは易し行うは難し”と言います。頭だけで教えを理解しようと思った白楽天にとって禅師の一言は、簡単な言葉であってもよほど重く感じたに違いありません。また、役人としての立場からすれば、人は法律によって他律的に悪をなさぬ方向に導くものとの考えもあったでしょう。ですが、仏教はあくまで自律的な方向性を示します。つまり、坐禅もそうですが、教えを自らが実行する事で、心が整い清らかになる。悪い事をやめようと思わなくても悪い事が出来なくなるものです。良い事をしようと殊更頑張らなくても自然とそのような心がけが出来てくるものなのだと思います。修行の中にこそお悟りがあるとする道元禅師様のお示しもこの辺りに見えてくるのではないでしょうか。

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