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| 【解説】 季節は梅雨、毎日雨ばかりで気持ちまで湿りがちです。 さて、仏教の故郷インドの地でも、5月から8月にかけては雨季にあたり、遊行(一所に定住せずに方々を巡り歩く)生活を基本とする出家者の修行方法も精舎と呼ばれる僧院に定住し、共に坐禅瞑想をしていたようです。私たち僧侶が本山修行することを「安居(あんご)する」といいますが、元々は梵語の雨期を日本語で安居と訳したのが始まりとされております。 ところで、お釈迦様の下での修行生活もそうですが、道元禅師様もまた、独りではなく、共にするものという考えをお持ちだったようです。禅の修行道場を叢林(そうりん)と言いますが、これは大勢の修行僧が和合して修行する様子を樹木が集まる林に例えております。林の中では一本の木だけが勝手に曲がって伸びる事はできません。他の木々に影響されながら真っ直ぐに伸びて行くものでしょう。 話は少し変わりますが、西洋的教育の影響なのでしょうか、とかく個性の重要性が説かれる現代です。ですが拠り所を設定しない個性は我がまま≠ノなりかねません。 「神の思し召し」という落ち着き処があってこその西洋の個性です。日本での最近の世相を見ておりますと「拠り所」が抜け落ちた我がまま≠ェ暴走し始めているような気がしてなりません。 「同行二人」の例えもあります。共に人生の歩みを進める相手を選ぶのならかたき怨敵ではなく、したしきもの親族としたいのは誰もが思うところでしょう。心から「教えの思し召し」として納得の行く仲間を持ち、安心して道を歩みたいものでございます。 |