6月19日(月) 修行にあたって 【大越裕好】
 私が本気で出家修行を意識したのはたしか51歳、それまでも興味程度にお経について見ていましたが、あくまでも興味の域を出てはいなかったように思います。
 特に悩みや苦しみがあってどうしようもなく仏教を考えたのではなく、何かの本で目にした「ありのままを全て受け入れて生きる」という文に出会ったのが縁でした。また身内をはじめ多くの方々の葬儀に参列してお経を耳にするにつけ何ともいえない不思議な気持ち(もちろん意味は全く判らないまま)になり、そこに心が落ち着いた自分が居る事に気付いたものでした。
 サラリーマン生活も37年を迎えた昨年末、「もっともっと自然のままに生きたい」そして、無常=常ではない毎日を精一杯生きる為に出家修行の場に身を置くことを決め家族の理解を得ました。定年まであと4年、その年月が頭をよぎる事は正直ありましたが、今を大事にしたい≠サの思いでスタートラインに立つこととし、6月19日いよいよ以前坐禅指導をご縁にお付き合いいただいた仙林寺様の門をくぐり修行の道に入りました。