7月23日(日)  −休日修行ー
 修行中の大越さんに早くも在家のお弟子さんか?
 いいえ、坐禅会新会員椅子坐禅で参加の坂田嘉六氏(50歳)でした。郡山市からの参加ですので、仕事がお休みの日に自由参加のスタイルです。
 23日日曜日「もしよろしければ一日ご一緒しませんか」禅寺のライフスタイルをまるごと味わって頂こうとお誘いしたところ、場の勢いも手伝ってか在家修行者の誕生です。
 まずは形から、黒い作務衣を支給、思わず似合いすぎ!箒と雑巾、塵取りは三種の神器。待ってましたというがごとく長雨の空も今日は一休み、庭掃き日和の空模様も活躍時期をしばらく逃した竹箒のため、いや坂田さんのためでしょうか。
 「禅の掃除は例え汚れていなくても、ただただ一心に掃く事につとめる事が大切」
頭上には???。意味を見出す事に翻弄される日常を離れるところから修行が始まると考えます。坐禅も掃除も何ら変わりはないものでしょう。
 「ほとけのかたへなげいれて、ほとけのかたよりおこなわれて」我を離れたお任せできる心地よさは、同時に理屈を離れた本来の自己にしか訪れることはないのかもしれません。
 ギブ&テイクに慣れ親しんだ日常です。与える事、与えさせて頂ける事、そんな中でしらずしらずにもたらされる宝物にふとした時に気付かされる有難さ。修行を日常のものとすることで得られる感覚なのかもしれません。より多くの方に味わって頂きたい心地よさなのですが…。

―坂田さんのつぶやきー
〜坐禅〜
 前々回の坐禅は気持ちよさのみを感じることができた坐禅、今回もそれを期待しての参加、結果は×。期待したため逆に遠ざかったものか、追えば逃げる?逃げるのは思い込みか…。
〜作務にて〜
 箒で掃く時は、心を清めるつもりで…?う〜ん???
〜ご法事の準備にて〜
 「仏様に花を供えるとき、よくよく見てみると花の向きは自分に向かっている」気になっていた言葉“回向返照”の理解がこの様な形で訪れるとは、初めて聞く法話!
〜得度式の練習に参加して〜
 なんと本師(導師)役、お葬式で導師さんが座っている立派な椅子に座り思わず引導でも渡しそうな気分。一生に一度の経験か。「ドウシって道教の道士?いえいえそれではキョンシーでしょう!」