7月24日(月) −二つの誕生日に感謝−
7月24日、両親の位牌に見守られるなか、仙林寺本堂で得度式を修行して頂きました。
今は只ひたすらこの世に生を受けた両親への恩、共に人生を歩んできた妻と子供、そしてご厚情を沢山かけて頂いた知人友人に感謝するばかりです。
午前10時、平静を保っていたかに思われた心も幾分高揚し入堂、そして本師(師僧)の前で三拝(三回の正式なお拝)したとたん頭から指先まで表現できない緊張と感動が走りました。
剃髪(髪を剃る事)の後、安名(あんみょう)(仏弟子としての名前)を授けていただき戒(かい)に対する誓いを立て、血脈を受けて正式に仏様の弟子“覚道裕好(かくどうゆうこう)”となりました。
今後はより修行に励み規律ある生活はもとより慈悲の心を持って生きる意義を見出しそれを実行して行く事とします。
私には、この世に生を受けた両親との縁を祝う誕生日、仏様との縁を喜びとする仏弟子としての誕生日ができました。この二つともかけがえのない大切な記念日です。
これからの修行は、二つ目の誕生日を境とする新たな始まりを迎えます。「一生が修行」の言葉を忘れずに歩みを進めます。
―修行仲間よりひとことー
慣れないお寺での生活は緊張の連続ではなかったでしょうか、その様な中、着物の着方から始まりお拝の仕方、お袈裟の付け方、法要の作法等々、初めての事ばかりでかなり戸惑いもあったと思いますが、よくぞ得度式までこぎつけました。手垢の付いた練習帳に努力の跡が感じられました。私も頭が下がる思いです。
私事、得度といえば遡る事30年前、10歳の頃に訳もわからず頭に剃刀をあてられ、半ば強制的に、あくまで跡継ぎとしての儀式を執行されたとの思いしかありません。
本来の意味での発心(仏の道を歩もうと志しを立てること)の時期に得度を修行できることこそ仏道を歩める喜びを実感できるものと思います。そのように考える時、この時期にこの様な形で得度式を迎えられた事は、むしろ羨ましささえ感じるものです。俗な言葉で恐縮ですが“本物”になるべく努力を重ねていって下さい。より触発される対象として精進されることをご祈念致します。本当におめでとうございました。