8月25日(金)  −坊さんが本当に行っちゃったの巻−
−修行仲間より−
 ふた月を共に過ごした裕好さんが二十五日早朝、遂に永平寺別院僧堂へと出立しました。
 前日夜、内輪だけの送別会では、裕好さんウオッチャー宮田さんが群馬から飛び入り参加、これもある意味仙林寺HPをご縁としたオフ会か?
 当日朝四時半、威儀(姿格好)を整えまずは朝茶を一服、雲水姿に変身した裕好さん微妙に二十年前の自分の姿とだぶります。思わずあの時の複雑な気持ちが甦ってくると同時に、全くの未知の世界に飛び込む緊張感もフラッシュバックしてきます。道すがら聞こえた音楽や車窓からの風景、お山(永平寺)に近づくにしたがって高まる不安感、裕好さんの姿を目の前にして、まるで閉じられた記憶の引き出しが一気に開け放たれたかのようで不思議でたまりません。ところで人の記憶を司る海馬では、記憶すべき事柄を重要度に応じて振り分け保存されるのだそうです。大切な宝物を保存するにはそれなりの場所を選ぶように、重要と思われる記憶は忘れ去りにくい場所に貯蔵されているものなのでしょうか。そしてまたその記憶を呼び戻す鍵も、案外単純に探し当てる事が出来るようになっているのかもしれません。恰もユーザーIDや忘れたパスワードを思い出すためのキーワードを自動登録しているかのようです。
 僧堂修行は、その人の人間性までも変えるほど強烈なストレスを与えられます。人生経験豊かな裕好さんですが、僧堂に入ればゼロスタート。ただ僧堂を舞台、指導役の雲水を劇を演じる俳優と置き換える事で、不条理なお叱りもまた然り?か…。
名演技を引き出してあげるのもまた同じ舞台で踊るちょっと後輩のお役目かもしれません。変えようの無い脚本、個性派の監督と環境設定の融通はききません。あとは演じ方を考えるしかないようです。修行の場所は変わっても演じ方は唯一つ。そこに気が付けば再会の日もそう遠いことではないのかもしれません。