12月15日(土)
 其中庵に移り住む事になり、引越しの準備にとりかかったが、身の周りの物と言えば、ダンボール箱二つ(食器・鍋類一箱、日用品一箱)。そして衣装ケース一個には若干の余裕がある衣類だけ。
 テレビも洗濯機も冷蔵庫も無いから移動するものも少ない。
テレビは殊更欲しいとも思わないしラジオでも充分と思っている。テレビは一度スイッチを入れれば、1時間から2時間は離れられなくなる程の、魔?の機器だ。スイッチを入れなければ、その時間は自分のために自由に使える。
 洗濯はコインランドリーを利用する方法も有るし、一人分の食料は、冷蔵庫を買って入れて置くほどの量は無い。あわせて今は冬だから、悪くなる心配も少ない。
 お釈迦様の教えに【少欲知足】がある。欲が少なければ足るを知る。ほどほどと思えばこれ位で充分と言うことにもなるし満足も出来る。
「あればあるに越したことはない」との言葉が有るが、裏返せば、どうしても必要なモノでは無く、実は、無くても困らないモノでは無いだろうか?
 移り住む準備をしていて感じた事だが、私達の身の回りを見渡せば、実は無くても困らないモノで一杯になっているし、無くても困らないモノを次から次に見つけ出し、手に入れるために必死になってはいないだろうか?と。
 あまり言うと、無い者のひがみにも聞こえるが、飽食・メタボリック・○○過剰・○○過多・今はこれが主流、等の言葉が生まれた背景を考えさせられた。