お釈迦様からの真っ直ぐな教えに出会うことを仏縁と申します。仏教では親の縁よりもむしろ大切なものとされます。さて、ではこの真っ直ぐな教えとは何でしょうか。私達曹洞宗の者にとっては、まさしく道元禅師の教えであり、一言で表せば只管打坐そのものでありましょう。ひたすらに本来あるべき清浄なる己を見つめ、その心を日常の生活に生かすこと、坐禅とは只黙って坐っている行為だけを言うのではなく、私達のすべての清らかな行いを示すものであります。まさにお釈迦様のお伝えになられた禅定(ぜんじょう)から智慧へ、智慧のお力であらゆる苦しみから解脱する教えそのものでありましょう。禅師の仏法が「釈尊正伝の仏法」と言われる所以でもあります。闇を照らす月は、大海・水たまりの別なくその清らかな姿を変えずに映し出してくれます。同じように仏様の教えは、誰にでも平等に、思いの丈を感じ取りながら表れてくれる事でしょう。つまりお釈迦様の行いを出来るだけまねする生活をおくることが、すなわちお釈迦様に近付く最短の方法と言えるのではないでしょうか。