文化庁発表「国語に関する世論調査」によると、調査対象の76%が、この「閑話休題」の意味を全く知らなかったそうです。一応意味を申しますと、この言葉を挟む前の文をA、後をBとします。脇道にそれてしまったAをBの本筋に戻す役割をする言葉として使われるものですが、いわゆる話し言葉としてよりは、書き言葉として力を発揮する慣用句でありましょう。つまり、文を構成するときに、「ちょっと横道にそれてしまったようですので、この辺りで本題に戻りたいと思います。」となると、長すぎて締まりに欠けますが、これが、「閑話休題」一言で用が済み、また、それだけでなく、文章全体を引き締め、彩りを添えてくれる役割もしています。何とも素晴らしい慣用句ではありませんか。 道元禅師の著した書物の中に,「花は愛惜に散り、草は棄嫌に生うるのみなり」という言葉が出て参ります。私達の勝手な心のはたらきをもって見た花や、草の状態を表した言葉ですが、つまりこれは、本筋からはずれた見方ですから、先程のAにあたります。「花は、咲けば美しい、草が生えれば黙々と草をとるのみ」という考えは、はかりごとがありませんから、本筋Bになります。それでは、肝心の「閑話休題」はと言いますと、「自分をたてない心」と言うことになります。これは、様々な苦しみからの救いの方法としても同じ事が言えます。信仰としての仏をたてて、自分をたてないことによって、与えられた現実を無条件にあるがまま受け入れる。そうすることによって、どのような逆境の現実が訪れても、それを苦しみと捉えなくなれば、あればあったまま、来れば来たまま、これが、救いの最良の方法であり、苦しみからの解放そのものと言えるのではないでしょうか、 閑話休題 これを機会に是非とも見直したい言葉でありますが、如何でしょうか、
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