観音様は、音声を耳ではなく目で観る事が出来るデリケートな才能をお持ちだそうで、私達が悲しみの淵でもがき苦しむとき「南無観世音」と念ずれば願いを感じ取ってくださると言われます。ご信仰に上下の区別はなく、自利(私を願う心)でも、利他(他に願いを手向ける心)であっても「その大慈悲心(大いなる救いの心)でもって一切を満足せしめ給う」と経典にあります。

観音様はあなたの悩みや苦しみをそのままその身にお受けになり、悩みの深さに応じてまた様々な苦しみを感じながら、お姿を変えてまでも救いの手を差し伸べられます。つまり功徳を受ける私達もそのお心に沿う行いが大切になることは言うまでもありません。それには只々信じきる心を持ち、一心に手を合わせる姿勢こそが「私の心の観音様」を見つけ出すすべであり、最善の道と言えそうです。