お彼岸になりますと、多くのお寺で六道絵図、地獄絵図を掛けてお参り致します。 当仙林寺でも古くからの習慣としてお祀りしておりますが、元々六道も輪廻も特にインドの古い宗教で言われていたことであり、お釈迦様も、来世的な計り知れない物に関しては明確にはお答えになっておられないようです。となれば私達はこれを現世的なものとして考える必要がありそうです。 六道とは地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六つの世界を言いますが、それぞれ私達の心の様子を縁とした世界を表した物でしょう。我(が)が強く自分中心の考えが心に鬼を作り出してしまい、結果苦しみの渦の中という地獄、現状で満足しきれずにもっともっとの貪りのあらわれが餓鬼、本能むき出しで理性が効かない畜生、我利と我利のぶつかり合いで戦争を始める修羅、選択の自由はあるが、それだけに義務と責任の葛藤の中での生活を強いられる人間、有頂天という言葉でも判るように、地獄と裏腹の危うさを含む天上、つまり、日頃気付かずに六道を輪廻する世界に生きているのが私達「凡夫」なのでしょう。また、この六道の状態を表す様々な縁を煩悩と言います。そして、その煩悩の火を消し去り、心の落ち着きを取り戻した仏さまの世界を「涅槃」「彼岸」と表し、そこに到る方法徳目を「六波羅密」という形で説かれます。
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