最近の照明(あかり)の様子を見ておりますと、蛍光灯は、寒色系の白で全体を明るく照らす為、白熱灯は、暖色系の橙色で間接照明的に使われている事が多いようです。それぞれの特徴を生かし、大変便利に生活が出来るようですが、子供達の成長に関しての影響は?と考えると、異議を唱える方も居られます。
 先日、教育評論の雑誌を眺めていると、面白い記事を見つけました。現在の子供達の問題行動と、あかりとの因果関係を考察したもので、まず裸電球での生活と蛍光灯での生活とを比較すると、蛍光灯はその明るさ故に部屋の隅々まで照らしてしまう。一方裸電球は光量の弱さもあり、部屋の隅々まではその光が届かず、暗さの場を作ってくれる。その場所を「避難所」と捉えるわけです。私も経験がありますが、親にしかられ泣きじゃくるのは決まって部屋の隅っこでした。そして、子供はそこで泣きながらあやまる時期やら、言い訳やら?を考える訳です。空間のみならず、時間という座標を与えられていたという事でしょう。
 けもの道を、文明という名の開発によって失ってしまった動物たちは、やがて里に下りてきて、悪さをするようになりました。それを人間は追い払ったり、銃で撃ったりと無駄な殺生をするようになるのです。「窮鼠猫を噛む」の例えもあります。行き場を失った子供達が行き着く先は、極端な問題行動(キレる)、あるいは現実からの逃避行動、ゲームの世界への没頭等もその一つかもしれません。また、例えば、孤独感を持つ若者には危うさという大きすぎる代償を払ってでも、見せかけの優しさはびこる夜の町へ陰を見出すのです。居場所をバーチャル(擬似的)な世界に求めなければならないような現状が問題なのでしょう、ここで、私達に出来ることの一つにこの「健全な逃げ場所」を用意してあげると言う事が一つ挙げられるのではないでしょうか、ハウツウ時代に育った子供達にはいわゆるお膳立ても時には必要なのかもしれません。
 思えば一昔前、夕暮れ時の境内では、時たま、目を赤く腫らしながら大きな樅の木の裏や、鐘撞き堂の陰で一人泣いている子供を見かけました。何時も一緒に悪さをしている間柄でも何となく声をかけずらかった覚えがあります。おそらく「一人になれる空間」を求めての逃避だったのでしょう。只、帰りの影は、決まって二つ並んでいたように記憶しますが…
 余談ですが、谷崎潤一郎の名著「陰翳礼讃」には裸電球より更に時代は逆上り、事、灯明に及びます。半ば病的とも思える審美眼で、西洋的な電気的な光が、いかに日本人、及び、伝統的な物や習慣に対して無理があり、情緒を欠くかを切々と説きます。西洋流の一元的な「白黒」「明暗」「善悪」という画一的思考への物言いが根底にはありそうなのですが、微妙なニュアンス、ファジー(あいまいさ)と言いますか、いわゆるあそび・・・の部分を余裕を持って見つめると言うことが、数寄者の欲求を充たす消化酵素となっていたのでしょう。翻って、子供達の育掬にもこの辺りにヒントが見出されるのではないでしょうか、
 取り留めない事を申しましたが、最後に一言、灯明と言えば、釈尊は、臨終の折、弟子による「師がこの世から居なくなってしまわれた後、私達は何をよすがに生きて行けばいいのでしょうか?」の問いかけに、「自灯明」、「法灯明」という言葉を残されております。つまり、神をたてたり、私を対象として敬うのではなく、自らを灯明(島)とし、そのおしえを灯明(島)としなさいと言われたのだそうです。自らをみあかしとすればつまりは、光だ陰だと言っている事もなくなるのでしょうか・・・?考えさせられますね・・
私たち凡夫は、とりあえず出来ることから始めてみましょうか。
2003秋彼岸 正貴記す