バカの壁※1、バガボンド※2(宮本武蔵の劇画)と、気になる頭韻が世間を騒がせているようです。―の壁とは、一般的なあるいはその人の持つ既成の認識や世界観が支配する概念を言うのだそうで、いわゆる分かり合えない対象、例えば親と子、若者と老人、イスラム原理主義者とアメリカ等々、その理由が壁そのものがもつ素材?の違いであることがまさにトリビアル、「へ〜」という感じでしょうか。解剖学者の著者ですが、まるで心理学が専門であるかのように、人の心にするどく洞察というメスで切り込みを入れます。ヘラクレイトス※3の「万物は流転する」あまりにも有名な言葉ですが、「あなたの万物は流転するという言葉は流転したのですか」とは手厳しい。仏教でも同様に、時間という軸の中での「諸行無常」という真理を表す言葉があります。この世のすべては変わりゆく。とどまるものは何もない。それは今抱える苦しみであっても同じ事、マイナス面だけではありません、むしろプラス面で捉えたいものです。とは本来の意味ですが、養老氏の言葉を借りて言うならば、変わらない物があるとするなら、真理という情報そのものという言い方になるのでしょう。
また方丈記を例にとり「ゆく川の流れはたえずしてしかももとの水にあらず」川がある、それは情報としては変わらないが、構成している水そのものは見るたびに変わっていると。つまり、中世における概念は無常観一つとって見ても、しっかりとした世界観を持っていたと言います。ところが近代では、個人意識を重視するばかりに、「私は私」=「個性」=「情報」不変のものは情報のみとの定義付けに変わりはないが、=情報の認識を誤れば、生老病死を抱えるこの身までも不変の情報であるというような間違いを犯してしまう、また、実際すでに犯している。とバッサリ、まさにその切り口は武蔵並といったところでしょうか。
 バガボンドとは、宮本武蔵の生涯を劇画化したものですが、その名称はおよそ放浪者、さすらう人という意味だそうです。剣豪宮本武蔵と言えば、心の師沢庵和尚※4を抜きにしては考えられませんが、同じく沢庵を師として仰ぐ柳生宗矩※5にあてられた書簡「不動智神妙録」には、諸仏不動智、いわく不動智とは少しもそこに止まらぬ心境、たとえ清らかな清流であっても、その流れが滞ればやがてはその美しさを失うが如く、心を常に一点にしがみ付く事(剣道では止心と言って嫌われます)がないよう自由にしておくことが、つまりは剣禅一如※6、剣の極意として説かれます。
 禅の修行と言えば「無になる」「無心」を常套と考える向きが多数でしょう。しかしながら、本当の意味を理解している方は決して多くはないようです。「無になる」とは、決して「無心」を夢見て一生懸命頑張る事ではありません。とりとめなく浮かぶ雑念や妄想をやり過ごす姿勢、むしろ止まる心無く※7といった意味と理解するべきでしょう。沢庵和尚曰く「いずこにも置かなければ、いぞこにもあるぞ」含蓄があります。思えば武蔵も「強くなりたい」との一心、つまりはとらわれの心から解き放たれ、ひたすらに放浪、遂には禅定によって心を自由に遊ばせる禅的開眼により、一家風を築いたとも言えるでしょう。
 また、遡る事数十年前「天才バカボン」※8というアニメがありましたが、ナンセンスギャグというカテゴリーに括られているこの漫画には、今のアニメとはまた違った、一つの安堵感のような不思議な後味(もっと気の利いた表現がありそうなのですが思い浮かばず残念)が感じられたものでした。だからと言う訳ではありませんが、実はこのバカボンという言葉、正式には婆伽梵、無上正等正覚、つまり、この上ない悟りの境地に達した者というほどのとてつもなく大きな仏教的意味合いがありました。これまたまさにバカの壁、さしずめ作者赤塚不二夫氏の壁は、緩衝材さながらの面持ち。ところで心とは別に、いわゆる建築における壁※9も、最近では伝統的在来工法、素材も天然のものが見直されてきております。また、壁で構成された塀についても、極端な高さはかえって防犯上マイナス面が多いと言われます。加えて、目透かしとして自然の樹木などを挟んで透過性を与えたほうが、かえって視線をそらす効果があると言われます。とかく構造計算上の頑丈さや、プライバシー保護優先の高い塀を求めたがる現代人、何か考えさせられるものがあります。  
05.11.15正貴記す
※1 元東京大学医学部教授 養老孟司著 新潮新書2003年発行ベストセラー
※2 井上雄彦作 モーニングKC 2003年発行 バガボンドとは、英語で放浪者、ならず者の意味
※3 紀元前540〜480年頃のギリシャの哲学者 万物は流転していると考え、自然界は絶えず変化していると説く、しかしその背後には変化しないものを見ている。その難解さから泣きの哲学者の異名も
※4 江戸初期の臨済宗の僧。大徳寺に入り、1609年、住持となる。紫衣事件で幕府に抗弁書を提出したことを咎められ、出羽に配流された。後、許されて京都へ帰ったが、柳生宗矩の勧めにより三代将軍家光の相談役になり、品川に東海寺を興した。書画・俳諧・茶にも近しかった
※5 剣術家。柳生藩主。但馬守。柳生新陰流派の祖。徳川氏に仕え、関が原の戦に従軍、その功で大和国柳生荘2000石を与えられた。剣術指南役として、将軍秀忠・家光に新陰流を伝授。1632年に幕府総目付に就任し、諸国大名の監察にあたり、1万2500石の大名となった
※6 剣の道と禅は、生死ぎりぎりの場を見つめて修行するという意味で、究極のところは一致するという教え。禅を実践することによって、剣の道を極めようとした剣豪、名剣士は多い
※7 仏法では止まる心を迷いと言い、あらゆる煩悩はこの執着から生まれるとする
※8 赤塚不二夫作 講談社 1969刊
※9 建築材に使用される塗料等の影響により発生する 様々なアレルギー症状を、シックハウス症候群と言うが、その主な原因物質ホルムアルデヒドを含むまない天然素材(珪藻土など)が見直されている。また、行政においても平成15年7月からシックハウスに関する法律が施行されている