除夜の鐘、元朝参りの折り、境内には大きな篝火を焚きますが、新年の挨拶よろしく、特に持ち寄せる言葉は「いい火ですね」。
太古の昔から火を神として敬った宗教があったことを見ても判るように、それを囲んだ人々は、特に神聖な面持ちになり心まで暖まるようです。
神道では出雲大社の元日の神事、京都鞍馬の火祭り、当地須賀川の松明あかし、等その勇壮かつ幻想的な雰囲気は人を魅了します。仏教でも、東大寺のお水とりの松明は有名でしょう。もっと身近な物では、仏様の供養物の一つとして灯明が欠かせません。仏様の目という意味がありますから、正式には一対、その他に小さなローソクを用意するのは、言わずもがな、仏様の目から直接火を頂くのは失礼、という事でしょう。
篝火から線香に火をつけて、ご先祖様に新年のご挨拶をされる方を素晴らしい仏行と拝ませて頂いておりますが、何人もの方が同じ行いをしても篝火は自分の火を消すことは決してないようです。主客はかわりますが、このようにいくら分け与えても消えることがない行いを利他行(利行)と言い、仏の行いとして尊ばれます。惜しまず与える浄行としての教えです。お寺では、元日にこの火を種火として若水を沸かし、福茶を頂いて口福を味わいました。
願うことなく、思うことなく「日々是好日」どんな日であっても。その日一日が光り輝く一日と納得することが三朝の寿ぎと言えましょうか。