寺門興隆という僧侶向けの雑誌六月号に興味深い記事が載っておりましたので、ここに要約し、記したいと思います。
 東邦大学医学部教授 有田秀穂氏は、以前より「逆説睡眠」と呼吸との関係を研究して居られました。通常の睡眠を「徐波睡眠」と呼び、一方「逆説睡眠」とは、睡眠の中でも特殊な状態で、睡眠中であっても、大脳皮質の活動が活発になる状態の事で、この様な時に夢を見たり金縛り※2になるのだそうです。また、影響はこれだけではなく、自律神経の乱れを起こし、睡眠時無呼吸、子供の夜尿症などもひき起こすと言われます。
 ここで、注目すべきは、この「逆説睡眠」時、脳のセロトニン神経の活動が完全に停止していると言うこと。そしてこのセロトニン神経の衰弱が、鬱病や、キレやすい子供多発の原因ともなっているそうです。つまりは、逆にこのセロトニン神経が覚醒していながらにして、活性化されれば、大脳皮質の働き(意識する、こだわる)が抑えられ、下位の脳(本能、感情、自律神経を調節する脳)が活発になる。つまり、セロトニン神経の活動を操る事が出来れば、釈尊の言うように、心身のコントロールができるのではないか、このコントロールには丹田呼吸法が有効ではないかという仮説に立たれます。
 脳内の様々な神経は、それぞれに特定の役割がある(左脳海馬は記憶機能※3と言うように)のだそうですが、セロトニン神経は、何か特定の機能を担っているわけではなく、いわば能全体に影響を与えているオーケストラで言えば、指揮者のような存在なのだそうです。指揮者は自らが楽器を演奏するわけではなく、各パートの演奏者にタクトを振り指示を与え、楽曲の雰囲気を作り出す役割でしょう。同じように、脳全体に覚醒状態を演出する役割を持つのがこのセロトニン神経なのだそうです。脳におけるそれぞれのパートには、言語、知能を司る大脳皮質、感情に重要な大脳辺縁系、本能生存に不可欠な視床下部・脳幹、また末梢神経があります。
 同じように脳の広範囲に軸索を送る神経には、知られているところで言えば、ドパミン神経※4、ノルアドレナリン神経があるそうです。セレトニン神経は、これら二つの神経にも影響をあたえると言います。まず、ポジティブ思考な心(食欲、性欲など人間行動の意欲をかき立てる)に影響するドパミン神経の行き過ぎ是正を促す、また、ネガティブ思考な心(不安やストレス反応を司る)に影響力を持つノルアドレナリン神経※5にも抑制をかけるはたらきがあるそうです。この様に、脳の各部位のみならず、心にかかわる神経までも制御するセレトニン神経ですので、つまりはこの神経を活性化させることで、いわゆる平常心を作り出すことが出来ると言います。
 平常心と言えば、私達は絶えず外界からのあらゆる刺激によって、快と不快をもよおし、平常心を保てない現実があります。その原因は、五感からの刺激が脳内に入力されますと、大脳皮質が認知、識別し、大脳辺縁系の扁桃体が快と不快の本能的判断を即時に下し、そしてその情報を記憶するのが海馬であると・・快の時、その記憶は(快)というラベルを付けてファイルに保存し、不快の時は、(不快)のラベルで保存されるのだそうです。しかしながらこれらすべてを保存していたのでは、たちまちその記憶容量がパンクしてしまう。ここで必要になってくるのがいわゆるうけながす・・・・・という作業、この気に留めないでうけながす心を作るのもセレトニン神経の役割の一つなのだそうです。逆を言えばこの神経が弱っていると、些細なことが気になってそこから抜けだせない状況「鬱」の状態にになってしまうと言うことです。
ところが坐禅などでセレトニン神経が鍛えられていると、外部からの感覚情報に快も不快もあるがままに受け取れる、受け流せる状態になると言います。言えば「明鏡めいきょう止水しすい※6の心境かと・・。
次に至高体験、所謂、禅でいわれる頓悟の瞬間のもよおし・・・・の事と思われますが、この至高体験と、明鏡止水の心は、セレトニン神経の活動としては正反対の活動なのだそうで、興味深いところです。
 覚醒時でも、セレトニン神経が一時的に活動を停止する特別な状況があるそうで、この状況では、海馬の記憶情報処理は活性化される。またその状況とは、所謂ハッとした時だそうで、この時セレトニン神経の持続的なインパルス発射が一時的に止まり、その結果、海馬に対する影響力も停止し、五感からの刺激が鮮明に記憶として固定される。この状況が、禅の有名な逸話「香厳撃竹きょうげんげきちく」(香厳智閑禅師が竹に石がぶつかる音を聞いた瞬間に悟った。)「霊雲見桃れいうんけんとう」(霊雲志勤禅師が山中を歩いていて、突然目の前に開けた桃源郷を見て悟った)時の消息ではないかと言われます。
セロトニン神経が活動を停止するのは、通常、夢見の逆説睡眠の時。それがハッとした覚醒時に起こると言うことは、大脳の活動はしっかりと行われながら、逆説睡眠時の状況と似た大脳皮質の状態にシフトする。その時大脳の活動レベルはより以上に高まり、夢のような至高体験が加わる可能性があると言います。ただ、この体験も一時的な現象であって、その後は再び人並み以上に鍛えられたセレトニン神経の活動が続く事になるというのです。
禅の世界では頓悟、漸悟などと、悟りのあり方を比較して云々した時代もあったようですが、どちらもOKという思いになれる研究結果とも読めそうです。
頓悟で気付きの機会を与えられ、漸悟で日常底を現す状態が理想でしょう。
「頓悟漸修」という言葉もあります。こだわりなく行きたいものです。