小学生の約5割は、月が満ち欠けする理由を理解しておらず、約3割は太陽が沈む方向を知らないとの調査結果が出ました。「ゆとり教育」の弊害で、自然体験が減った為との見方もあるようです。ところで、10月26日は、旧暦で十三夜です。十五夜を「芋名月」、十三夜を「栗名月」「豆名月」等と呼び、豊穣の喜びを祝うと共に自然の恵みに感謝して、お月様に捧げる行事として知られます。
仏教ではこの月を特別の思いで見つめます。大智禅師の言葉に「一輪の明月禅心を照らす」があります。暗闇を照らす月の光は、あたかも苦しみ悲しみの闇に暗む私達の心を明るく照らす一筋の光明、慈悲の心に例えられます。禅心とは、静まりかえった心の様子、坐禅の心とも言えましょう。真円の月は、円満に分け隔てなく、清浄な心を照らし出してくれるかの様です。
薬師如来の脇侍に日光・月光(がっこう)菩薩が居られます。月は自ら光る事は出来ません。光って見えるのは、太陽の光をその身に受けているお陰です。また、満ち欠けを目にする事が出来るのも、動かぬ太陽あってのもの、「月光の菩薩申さく 我に照らす光なれども照らされて照る」 岑信光さんの詩が思い出されます。かの釈尊も「月光三昧」月光を満身に浴び、坐禅によって、月光と一つになられました。私達も自ずから光っていると慢心することなく、照らしてくれる人がいて、照らされて照るこの身を忘れないで過ごしたいものです。