仏教には、「三仏忌(さんぶっき)」と言う大切な忌日があります。忌々しい日?誤解がありそうですが、一周忌、三回忌等と同じように、日常の忌々しさから開放される心の清浄日と考えていただきたいものです。
 四月八日は、花まつりで知られる降誕会(ごうたんえ)、十二月八日が成道会、二月十五日が涅槃会、これら三度の法会(ほうえ)が三仏忌と呼ばれます。何れも全国各地の仏教寺院では、そのご遺徳を偲ぶ法要が催されておるわけですが、その中でも特に禅宗寺院にとって外せないのが、成道会ではないでしょうか。
 お釈迦様は、人の世の苦しみという疑問を感じ、出家の道を志し六年間の難行苦行を修するのですが、疑問の解決には到らず、遂に山を降りる事になります。やせ細った身体でようやくナーランジャラー川(尼蓮禅河)のほとりに辿り着き身を清めております。そこで村の娘からミルク粥の供養を受けて、ようやく体力の回復を得たと言うことです。その娘の名前がスジャータ、どこかで聞いたネーミングではありませんか、実はこちらが本家本元です。
 ところで体力を回復したお釈迦様は、アシュバッタ(菩提樹)の木の元、石の上に吉祥草を敷き坐禅瞑想に入ります。その日が十二月一日、そして八日目の明けの明星を仰いだ時お悟りになられたと言われます。成道の「道」はお悟り、「成」は達成する、つまり、この日を「成道会」と呼ぶ所以です。
 話は戻りますが、なぜ禅宗寺院で特別な行事としてお慕いするのかですが、お察しの通り坐禅によりお悟りになられたという大前提があるからです。
 永平寺の禅師様、今年はNHKにおいて再三お目にかかるご縁を頂きました。生き仏さま然としたお姿に画面に向かって手を合わせられた方も多いと聞き及んでおりますが、この禅師様曰く「学ぶとは真似る事、一日真似をすれば一日の真似、二日ならば二日の真似、一生真似をすれば本物だ」御年百四歳の禅師様がいまだに若い雲水たちと日々変わらぬ坐禅修行に打ち込んでおられます。ご縁を頂く私達です。及ばないまでも禅師様の真似をさせて頂き、ほんの少しでもそのお心に近づきたいものです。
 この時期(一日〜八日)禅宗各ご本山では、大いに真似る学び「摂心(せっしん)」という一日を通してひたすら坐禅を続ける修行期間を設けます。
 二千五百年も昔、一人の青年が三十五歳の若さで人の苦悩の元を明らかにされ、その後八十歳で亡くなるまでの四十五年間を人々の救済にその身心(しんじん)を捧げられたのです。
 同じ明けの明星を仰ぐ身に違いはありません。問題は残る一方の繕い方にあるようです。摂心の「摂」は養う、収めるの意味があります。心を養うことで、手こずり気味のやっかいな存在を収める箱の大きさも変わってくるようです。
仙林寺でもこの期間、朝の一時間を皆様に開放し、真似(まね)び方を学びたいと思います。只、箱の大きさは、最先端のYシャツのように形状記憶とまではいかない様でありますが…。