「子どもらと手まりつきつつこの里に遊ぶ春日はくれずともよし」
 「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候、死ぬ時節には死ぬがよく候、是はこれ災難をのがるる妙法にて候」
 詠み人同じ言葉とは思えないと言うのが率直な感想でしょうか、実は共に江戸時代に生きた良寛和尚の残された短歌であり、手紙の一節なのです。
 驚天動地、台風二十三号そして中越地震とまさに今年は天変地異、人智の及ばない自然の驚異に脅かされた一年でした。毎日のように報道される被災者の方々の様子に接する時、心から同悲の思いを禁じえません。
 先の書簡も、百八十年程前、「死人けが人数知れず」と言われた越後三条大地震での安否を気使う知人とのやりとりなのですが、説明なしでは誤解を生みそうな一文です。ヒントは「かかる憂き目を見るがわびしい」の一言。災難に逢って苦しむ人々がいる中で、娑婆世界から離れた出家の身が、こうして事もなく生きながらえていることへの嘆きともとれます。危機的状況への心情の吐露、また子供達との遊戯(ゆげ)の僧、良寛を考える時「災難に逢う時節には・・」とは、最大限のお見舞いの愛語と見るべきなのでしょう。
 ところで、良寛さまを読み解くキーワードは「遊」と「任」でしょうか。
 「遊」―「遊於娑婆世界」観音経の一節です。阿弥陀様は極楽浄土で衆生を救い、観音様は娑婆世界に降りてきて遊戯(何ものにも捉われない自由な境地での活動)の中でお救いになられるとあります。
名主の家に生まれながらも貧困に喘ぐ農民を目の当たりに育った良寛は、何ともならない状況、また苦しい時代を背景に、目の前に現れる現実を、観音様の遊戯のなせる業(行い)と見て取らざるをえなかった、また、禅の印可を受けるほどの境涯を持った方です。そのように見ることで納得の心境を得ることが真に仏に寄り添う謂わば悟りそのものだったのでしょう。
「任」―「騰々任天真(騰々(とうとう)として天真(てんしん)に任す)」道元禅師発願文、「任運(ぬん)騰騰」景徳伝燈録、天や運に自然揚々と任せるべき縁の※不可思議さに落ち着く響きがあります。※思いはかりや表現できる範囲を超えている仏教的意味
不幸にもすでに起こってしまった災難を取り消すことは出来ない。昨日を怨んだり、明日に慄いて慌てふためいていただけでは、心の中での災難(パニック)を大きくしてしまうだけなのかもしれません。
「地球のひずみを直す地震という話を聞かされており」碧水 等と言われても対症療法にもなりません。
理不尽と思いながらも現実を認め、心からなる思いやりと達観した人生観からの発露、今を最大限に生きる努力の大切さを説く絶唱と言えましょうか。
禅に影響を受けた心理療法として知られる森田正馬氏の「森田療法」にも「しょうがないからする」という一見投げやりとも思える思考方法がありますが、やはりここにも「天」や「運」の存在が見え隠れしているように感じます。
病がなければ、対処の言葉が理解できないように、経験がなければ、慈愛あふれる言霊も心に響かないようです。それでも温度差を感じるとすれば、それは修行による信の違いと言うほかはないのでしょうか。心よりお見舞い申し上げます。