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「暑さ寒さも彼岸まで」との言葉通り、彼岸を過ぎればすっかり秋の気配です。
地球温暖化の影響なのでしょうか、今年の夏は事の他暑さが厳しく、境内の大欅がつくる木陰の有難さをつくづく感じた事でした。シャレではありませんが、まさに木陰のお蔭で暑さがしのげた訳ですが、その暑さが去りますと勝手なもので木陰の有難さを感じた身など何処へやら、今度は朝晩の寒さに「涼しすぎる」と語る始末です。同じように苦しいときに人から受けた恩も楽になるとすっかり忘れてしまう方も少なくないようです。このようにお蔭や恩を忘れてしまう例えとして「暑さ忘れて陰忘る」また「雨止んで傘忘る」等と諺として戒められます。さてここで、疎ましさの対象として暑さや雨を取り上げ、それを癒す材料として木陰や傘を取り上げている訳ですが、仏教の考えでは、この疎ましい気象条件を「ご縁」として有難く頂きましょうと、むしろ積極的に受け入れをすすめます。つまり、暑さをもよおすお日さまも、疎ましくさえある長雨も状況が変われば暖かい日差しであり、いのちを潤す恵の雨ともなります。この様に現在の状況がどうあれ、それぞれのご縁でどう変わるか判らないと考えるのが禅的な捉え方でしょう。人の立場であっても同じ事、雇う雇われる、教える教わる、原因に条件が伴うご縁を頂けば、逆転する事もしばしば、今の時代特に身にしみる方も居られましょう。「情けは人の為ならず」人に情けをかけるのは結果的に自分の身をもお護りいただけるご縁だったのですね。 |
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