「まさに値千金!」感嘆の常套句として使われるこのフレーズ、春宵一刻値千金(しゅんしょういっこくあたいせんきん)からくる蘇東坡の詩の一節だそうです。
 今をときめく時の人、金メダルの荒川静香さんを称える見出しに最も多く使われたのもこの言葉ではないでしょうか。
 ところで、読売新聞「冬の詩」と題したエッセー欄寄稿文に、漫画家の槇村さとるさんが興味深い考察を載せております。
 フィギュアスケートの選手の出来不出来を予想する時のキーワードが「華とリラックス」なのだそうです。勿論日頃の鍛錬により培われた「実力」が何よりも大切なのは言うまでもないのでしょうが「本番でその実力を出し切れた者が、観る人の心を魅了できる。ただ、それには緊張という壁をどう越えるかにつきる」と単純に実力=勝敗ではない事を力説します。また、この緊張という心の動きを座標をイメージして説明します。縦軸は副交感神経、真ん中を割った下は緊張、上はリラックス。横軸は交感神経で、左へゆくと不活発、右へゆくと集中、四角で囲った座標のイメージが、自律神経の全体像です。この四角の真ん中にバランスをとれば最も安定した生き方ができる、しかし体調や状況によってバランス点が動くという事になるのでしょう。
 競技を特定することはしませんが、試合前に雄叫びを上げる若い日本の選手を目にしました、緊張を解きほぐそうとする一つのゼスチャーなのかもしれませんが、交感神経が集中とは別の興奮状態をもよおし、リラックス度を高める副交感神経が劣勢となる。結果、逆に緊張状態をもよおし筋肉が縮んでしまい実力が出せないという図式でしょうか。
 このように考えれば、アスリートが最も高いパフォーマンスを出せるのは、座標で言えば右上の部分にある事、またこの位置を「クリエイティブゾーン」と言い、F1ドライバーの脳内のありようも同じなのだそうです。
 次に華とは、他者に向うエネルギーのオーラであると。荒川選手の演技に感動の涙を流すのもそのオーラが響きあうからこそなのでしょう。
「感動の渦に巻き込まれる」という表現がありますが、おそらくは単なる波紋では感動には結びつかない、練習や経験、また何より挫折の積み重ねが這い上がる強さに結びつき、自信や覚悟が見る者への安心感と相まって感動の渦へと引き込むのではないでしょうか。
禅でいう「道環(どうかん)」とは、修行が切れ目無く続く事の大切さを「環(わ)」の字で示します。禅の修行にはこれで終わりということは無い、何かを掴んだかと感じた時にはすでに「掴んだ」という我が生じる、ではまた初めから・・。実は初めも終わりも無いと言うのが答えなのかもしれません。その様に考えれば荒川選手の演技に入る前の落ち着きは、日常的な練習の環の中の延長というだけで、オリンピックが決して特殊なものではなったのかもしれません。
また、槇村さんは最期に、勝利の武器は「運」であると書いておられます。運は必修、日頃から余分なものは捨て、ややこしい関係とは決別し運を取り入れ易い生き方をして置く事が大切だと仰います。
「放下著(ほうげじゃく)」と言い「任運騰騰(にんぬんとうとう)」まさに越後の良寛和尚の精神。大きな感動の先には共通項が多いものなのでしょうか。
金メダルという結果が訪れるのには、華、リラックス、運というご縁あってのもの、またご縁を頂くのには、全てをひっくるめて感謝しますというポジティブな精神が何よりも大切なようです。メダルを手にした後の控えめな笑顔は、良運も悪運も全てひっくるめての感謝の笑顔と見えたのは私だけでしょうか。