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仙林寺では現在(2006年6月)庫裡(くり)を普請中です。大工さんの槌(つち)音の響く中での生活が二ヶ月ほど続いております。さて、この普請と言う言葉も実は禅の用語で、普く大衆(修行の仲間)を請する(集める)事、またお寺の堂塔建築等、労役に従事してもらう行為を言ったものです。永平寺でも朝食の後普請鼓(ふしんく)が打ち鳴らされ回廊掃除の始まりを知らせます。朝の静寂を打ち破る気迫の音声が今も耳に残ります。
ところで、昨今の建築技術も日進月歩、「槌音が響く」と言ってもピンとこない方も居られましょう、槌とは金槌、いわゆるゲンノウの別称です。このゲンノウ漢字で書くと玄翁、何やら曰くありげなお名前、白い口ひげをたずさえた富岡鉄斎ばりのお爺さんをイメージしてしまうのは私だけではないでしょう。実は当たらずといえども遠からじ、元を辿れば禅のしかも曹洞宗のお坊さん、もっと言えばご当地熱塩加納にある示現寺が改宗された際のご開山の名前からとったものでした。正式名、玄(源)翁心昭がその人。その昔、三国に亘って災いをもたらした妖狐が鳥羽上皇の御命をうかがわんとする時、かの陰陽師安倍泰成に調伏させられた、その狐が都から那須野へと逃れるも遂に三浦の介、上総の介の矢の下に射伏す。しかしながらその執心は姿を石に変えながらもなおも残り、旅人に悪さをし続けた。ここを通りかかった名僧玄翁はその殺生石と呼ばれる石を一喝のもとに叩き割り、遂に成仏と相成った。謡曲『殺生石』の元ともなる九尾の狐伝説です。この時和尚が石を砕くのに用いた金槌の形状から、大工道具「玄翁」の呼び名が生まれたそうです。またその槌面の膨らんだ片側の形状は木の面と同じにする為であり、その仕上がりを“木殺し”というのだそうです。事はお寺の庫裡、物騒なネーミングは一先ずお休み。ここは普請鼓の響きも高らかにまずは“木生かし”と心得て普請にあたれば、護法神の導きで腕利きの職人さんは普く請されるものなのでしょう。 |
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