業というと「○○は、業が深いから悪い報いを受けるんだ」というような、あたかもたたりやさわりがあると言った解釈がまかり通っている世の中でありますが、仏教で言う業の本来的な意味は単に我々の行い(習慣的)の事なのです。三業と言って、身 口 意、つまりそれぞれ身体的、言語的、意思的な行為の積み重ねによってのあらわれが、善因善果等と言われるものです。懺悔し、修行をし正しい道を歩むことによって心が清らかになり、結果、幸せな生活が訪れる。もし善業を捨てるようなことがあれば苦しみのふちから逃れる事は難しいと言わざるをえません。くれぐれも、悪業や、宿業によるたたりやさわりなどというまやかしに振り回されることの無いよう正しく心を調えて、善業の生活を心がけたいものです。