「やっぱり手間隙かけると味が違うね!」
茄子の漬物をめぐるある日の我が家での会話です。
 「材料費よりも手間代がね」
こちらは、先月、先々月とすでにお馴染みになりました仙林寺庫裡の普請、お支払いの段。何れにしましても掛けた分に応じた出来上がりということでしょうか。
さて、ロハスな〜 生活、環境、食事、生き方等々最近よく耳にする言葉です。このロハスとは健康や環境に配慮した持続可能なライフスタイルという意味だそうです。持続可能なというところが鍵でしょうか、いわゆる流行もので終わらせたくないというメッセージが込められているような気がします。
ところで、この様なライフスタイルを身近な体験を通して見直してもらおうという趣旨の番組がありました。陶芸・ハーブ・パン作り・アウトドアと毎回興味深く見ておりましたが、いずれも力むことなく適度に力が抜けている感じが好印象でした。思わず「がんばりすぎない」そんな言葉が浮かんできました。
「がんばらない」といえば、鎌田 實医師の著書が一世を風靡しましたが、文中、病院の廊下に掛けてあったのが知的障害をもつ女性が描いた「がんばらない」の文字。誰もがその前に立ち尽くす、なんという勇気のある言葉!と続きます。 
とかく病んだり困ったりしている人を見ると「頑張ってね!」つい口をついて出てしまう言葉ですが、もともとは「我を張る」が語源。痛みに耐えている人や悲しみに打ちひしがれている方に「我を張ってね」は辛過ぎる一言でしょう。
話が脱線しましたが、要は持続を促すのにはほどほどが良いようで。ここでご登場頂くのが「ひと手間掛ける」という言い回し。人という字がご縁を介在することではじめて人間となるように、手数という縁が伴うことで手間となり、「ひと言」、「おひとつ」「一入(ひとしお)」的な「ひと」もさしずめ枕詞のよう。
好きだから手を掛ける、喜びを感じるから続けられる、そしてその延長線上に環境に優しく健康的な生活を営むライフスタイル「ロハス」がある。と考えればどうでしょう。
番組の第9話が“禅(ZEN)” 
坐る、食事を頂く、庭を掃く、寝る。普段何気なく過ごす生活の一場面それぞれを修行と確認することで、意識せずとも物や命への感謝の思いが湧いてくるものでしょう。感謝の思いを抱くことで、手(労力)も間(時間)も惜しむことなく、しかも無理なく継続できるものではないでしょうか、ロハスな暮らしなどというといかにも時代の先取り的ですが、禅的生活をしてさえいれば取り立てて特別な考えを持たなくても良さそうです。
「手間いらず」「手抜き」、お金さえ掛ければ、今が楽なら。同じ手間がらみでも逆に魅力的?に聞こえる言葉があるのも事実です。便利さのみをささやく声にはお互いに用心したいものです。