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「鬼も内」
「福は内、鬼は外」、最近では鬼さんにもめったに会うこともないようで、豆まきの声もやや遠慮気味のご時世です。
さて、豆まきと言えば節分ですが、現在行われている節分の行事は立春を正月としていた時代の大晦日の行事だそうです。新しい年を迎えるために邪気を払う中国の行事、追儺式(ついなしき)鬼やらいの儀式が元になったといわれます。また、この鬼も古くはインドの飢餓にあえぐ亡者“餓鬼”(プレータ)、が起源。「ガキの使いじゃない」「このガキが!」の餓鬼が、中国の鬼=死者と混濁、お盆にお寺で行われる法要“施餓鬼(食()会(”は飢餓に喘ぐ死者に、飲食(を施すことで、鬼=祖霊と祀りあげる供養とも考えられます。
この様に見てみますと日本の鬼さんは三種類に分類できそうです。つまり、秋田のなまはげのような異形者に姿を変え、多くの人々に幸せをはこんでくる祖霊、そして季節の変わり目の邪気や、作物に害を与える虫や鳥など災いをもたらす対象としての鬼、また一歩進んで、私達人間の心の中に潜む鬼です。
「泣いた赤鬼」という童話があります。人間とどうしても仲良くしたかった赤鬼が青鬼の知恵と自己犠牲によって遂には円満な関係を作ります。しかし物語の最後には、犠牲を払った青鬼の置き手紙を見て、本当の友情や自分の身勝手さを知り涙するというストーリーでした。「鬼の目に涙」などと言いますが、まさに青鬼君、赤鬼君の姿を見るにつけ、心に同居する善悪の鬼とのお付き合いには考えさせられます。
最後に、鬼に扮する全国の幼稚園の先生方は毎年ご苦労様な事と思いますが、鬼さんゴレンジャーにも役割があった事をご存知でしょうか?
○赤鬼… 貪りの心を象徴し、豆をぶつけることで自分の中にある悪い心を取り除く。
○青鬼… 嗔恚(しんい)=怒りの心を起こさないよう心の鬼に豆をぶつけます。
○黄鬼… 我執にとらわれず公平な判断ができる心を願います。
○緑鬼… 不摂生の自分を顧みて、心と体を健康に保つことを自分に言い聞かせます。
○黒鬼… 愚痴、愚かさを意味します。不平不満の心を正します。
どうでしょう、園児よりもむしろ…。一人で五役は忙しすぎる私です。 |
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