先日の事、福島県生活環境部より青少年に関する意識調査のアンケートが送られてきました。35ほどの設問があり、客観的に見た現在の青少年の印象、また学校や家庭での教育に対する意見などを求める項目が多く見られました。その中で「青少年の必要とする場所として一番あればいいと思うものを選んでください」また「一番体験して欲しい事は何ですか」、「行政が健全な成長の為に力を入れるべき分野は何ですか」という質問に、いわゆる青少年を取り巻く“三つの間”という問題にどう対処してゆけばよいのか、行政側の場作りの模索が感じ取れます。
 ところで、この三つの間、2月21日付け読売新聞福島版『ふくしま運動塾』欄に福島大学の黒須充教授が、子供を取り巻く生活環境と併せて判りやすく書いておられます。
 曰く「遊ぶ時間がない」「遊ぶ空間がない」「遊ぶ仲間がいない」この“三つの間”の欠如、そしてそれ以上に遊び方がわからない子供が確実に増えているように思われる。例えば小学生四人が「一緒に遊ぼう」と一人の家に集まったとする。その遊び方が、持ち寄ったゲームをそれぞれで遊び、好きなマンガをそれぞれ個別に読んでいる。一緒に遊ぶという言葉が、必ずしも皆が一つの遊びの中で過ごす事を意味しなくなった。またそのような状況にあるからこそ友達や地域の人と自然にかかわることができる場が何よりも必要なのではないだろうか、一昔前であれば「向こう三軒両隣」顔の見える地域社会がごく当たり前に存在し、家族のような地域の大人たちの中で子供が育っていった。日常生活の中で人と触れ合い身体を動かす事ができる場を確保する事が、何よりも優先すべき事柄である。と地域力の低下を補う必要性を訴えます。
 人間力という言葉があります。最近ではあの文部科学省が「子供の人間力を高めたい」という表現を使うほど一般的な言葉になりつつありました。
地域力、人間力。ところでこの力とは何ぞや、出来の良し悪しはさておき、記憶の片隅にあった力学では、作用反作用の定義として「力を他に及ぼした物体は、同じ大きさの反対向きの力を及ぼされる」との事。人を人間と呼ぶ時、人と人のあいだが生まれてはじめて人間としててい体を成すものでしょう。こちらのを向上(反作用)させるのには、先の“三つの間”の問題解決(作用)が不可欠とも言えそうです。
 さて、が欠如しているのであれば、持ち合わせている方から補っていただくのが問題解決の近道というか正攻法でしょう。2007年問題などと一括りにされてお怒りの皆様、豊富な人生経験というツールを生かし、“三つの間”いわんや心の隙を埋めるお役目は如何でしょう。とり合えず当山寺子屋活動へのボランティアなどは穴埋め作業の初歩を学ぶには十分?ではないでしょうか。
間坐(かんざ)を決め込み悠々と事を成す。何やら良寛様のようなと言えば言いすぎ?でしょうか。
止まっている物体はいつまでも止まっている。動いている物体は、摩擦などがなければいつまでも同じ速度で動いている。“慣性の法則”だったでしょうか。記憶が怪しくなってきたところで、そろそろおいとまするといたします。