お釈迦様のお誕生日四月八日を、正式には釈尊降誕会(ごうたんえ)と言います。兜率天(とそつてん)という天界におられた仏さまが、悩める一切の人々を救うために下界に下りて来られたことを降誕というところから名付けられたようです。ところでこの日は生まれたばかりのお釈迦様の像に甘茶をかける行事を致しますが、赤ちゃんお釈迦様は、右手を上に左手は下を指してすっくと立っております。小さな子供さんに何をしているように見えるか質問をすると、「横断歩道を渡っているところ!」という可愛い答えが返ってくることも多いようです。所謂エライ職業≠ニ過去に言われた職につく方が世間を賑わせている昨今を考えると、正しい信号を示すのもお釈迦様、そしてその横断歩道を自らが歩み、術を示すしかないようです。やはり子供の目は純真無垢、曇りがありません。
 また、その生まれたお姿と共に伝えられるお言葉に「天上天下唯我独尊」がありますが、この言葉に関して古いインドのお話にこのようにあります。
 ある国にきわめて仲の良い若い王様夫婦がおられた。ある日の夕刻、西に沈む夕日に照らされた平和な領土を眺めながらの会話です。「妃よ、この広い世の中で御身以上に愛おしいものはあるか」妃はうなだれて「申し訳ありませんが、私以上に愛おしいものはありません、王よあなたは?」「やはり私も私以上に愛おしいものはない」お互いに意見は一致してはいるが、普段聞いているお釈迦様の教えとは違っているように感じます。そこでお釈迦様へ事の顛末をお話しすると、にこやかに微笑みながら「その通りだよ」と仰っいます。しかし、王の不安は消えません。「でも自分が一番可愛くて、人のために尽くさないのは教えに違う気がしますが」答えていわく「どの人も皆自分が愛おしい、愛おしいと思うからそれを傷つけてはいけないことに気付く、自分への愛おしさが判ってはじめて人のために尽くせるのだ、我が身への愛おしさを忘れて人のために尽くそうと思えばそれはすべて嘘になる」唯我独尊とは、決して利己的な意味として捉える事ではなく、自分可愛さから気付く他人への思いやりという意味なのでした。
 さてこの降誕会、別名「花まつり」とも言いますが、名前の由来は「枯れ木に花を」のフレーズで有名な『花咲か爺さん物語り』からとったという説があります。春の暖かな日差しや恵みの雨で花々は開花をもよおします。教えの風やご縁の雨あればこその心の開花宣言、「枯れ木に花を咲かせましょう」。