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思えば、30年前、通学途中の学校の柵を乗り越え、必死にガラスの欠片を拾うまではよかったが、バラセンで足を切り、近所のお兄ちゃんに家まで送ってもらったり、病院の危険物置き場にもぐり込み、注射器の針をコレクション、鍛冶屋のおじさんの仕事を暗くなるまで見入ってしまい遅くなってはおこられた。当時流行のスーパーカーカードには目もくれず、休みの日には自転車で一時間もかけて水晶を採りに行ったっけ…隣町に貝の化石があると聞けば、広瀬川まですっ飛ばす。夏休みには母の実家の石川町で土器のかけらや、矢じり探しに夢中になる。おばあちゃんが、本を買ってあげるからと、町の本屋に連れて行けば、小学生の分際で、鉱物事典をねだって末は鉱物学者かと大いに勘違いされる。と、まさに興味の乱獲、趣味の多様な変遷は、枚挙に暇なしといったところです。
東京に出てからは、渋谷では東急ハンズ、銀座は松屋のクラフトコーナー、伊東屋の文房具、御茶ノ水や、表参道の骨董屋、マイナーな美術館を目のみの物色、知り合った飲み屋のおやじと築地に買出しに行っては、プロの道具に見入ったりと、とにかく、自分的な「輝きのある物」に興味を惹かれた。二十代後半にもなりますと、およそ一貫性を欠いた収集癖ではありますが、いわゆる気概があって品のある粋の領分としての物、柳宗悦氏提唱による民芸運動然とした巧まざる美、用の美としての工芸品、また、秋岡芳夫氏によるデザイン運動や、クラフト運動から生まれた仕事をバッグボーンにした職人の手仕事、歴史を感じるもの、時代を経て育つといったもの達に興味をひかれた。その中で特に私とのご縁のあった物を、押し付けがましくもご覧頂くわけですが、おりしも本県奥会津三島町では、長年の「ふるさと運動」取り組みが認められ「編み組細工」が国から伝統的工芸品の認定を受けるなど、農閑期の手仕事、住民の知恵と技術、熱意に光が当たったと言う事は、伝統工芸のみならず土着の手業の世界にも、新たな明るい兆しを感じます。
これからご覧頂きますページは、デザインの卓越性、用の美ともまた違った、しかし何ともいえぬ美しさを醸し出す物への思い入れ、という性格もあり、多少自慢げに自己主張している物もあるでしょう。しかし特に工芸品に関しては、「良き伝統や手仕事を後世に伝え、残し渡すべき役割の一端が担えれば」との思いは、偽らざる事実であります。また、加賀藩の「百工比照」のレベルではなく、日本民藝館にある品々には到底及びもつかないことを前段お断りいたしまして、自己満足の審美眼の世界へお付き合い頂ける方のみのご入館を冀い、恥ずかしながら過去40年間の我が趣味の世界を披瀝申し上げ、駄文掲載をもってページ開設のご挨拶といたします。 |
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