「会発足のご挨拶」 (平成17年3月)
平成18年、保原町もいよいよ合併の年を迎えます。市の名称も「伊達市」と決定、かの伊達政宗の祖を生み出した伊達家発祥の地に相応しい命名に内心喜んでおります。
さて、この平成の大合併を目前にして、保原町の名が残るうちに何か歴史に残る動きを起こせないものか、またオウム事件よりこの方、何かと世間を騒がせる新宗教ばかりが目に付くようになり、我々既存の宗教は宗派仏教に甘んじ、狭い了見に縛られて活動の箍をはずせないまま傍観者で居て良いものか、そして宗教アレルギーが蔓延している状況下、かえって宗教書がベストセラーに上る第二次宗教書ブームを生んでいるという現象が見られます。
道元禅師様は、如何に素晴らしい書物であっても、その文字に捉われてしまえば執着となる。行いが伴ってはじめてその教えが生きてくる。行いがなければかえって仏道より離れてしまう危険をはらむと説かれました。

「まず動こう!」この度、町内寺院若手僧侶が立ち上がりました。これまで声が上がりながらも中々実現にまで到らなかった宗派を超えた繋がりを持つという夢が今叶いました。思いは超宗派を更に飛び越え、志を同じくする有志、業種を問わず幅広く、明るい未来を見据えた方向性を理解できる方々にご参集頂きます。その名も「保原大法螺会(ほばらおおぼらかい)」そこに集う僧籍を有する者達を特に「地蔵衆」と呼称するに到りました。ご縁により、芥川賞作家玄侑宗久師にお智慧を拝借。

「超宗派の集まりであれば、お地蔵さんか観音さま、あるいは菩薩を使うのはどうでしょう。『地蔵衆』なんてのも面白いですよね。『保原地蔵衆』…(略)あるいはユーモラスに『大法螺会』…(略)法螺とは仏法が隅々まで届いていくことの形容です」。玄侑師の返信メールより

 私からの不躾なお願いにも快く応じて頂き、誠に有難く発起人一同感謝感謝です。何時の日か○周年記念行事として講演頂きたいと密かに今から根回し画策…。とは言えまずは地盤を固めると致しましょう。第一回目の行事として「花まつり」稚児行列で華やかにお釈迦様の御誕生日を祝います。幅広いご支援、ご協力をお願い致します。

※法螺 法華経の序品に、「今、仏世尊は大法を説き、大法の雨をふらし、大法の螺を吹き、大法の鼓をうち、大法の義を演べんと欲するならん」とあります。仏の説く法が響き渡る様子を例えます。ただし「大法螺会」会員の中には時たまいわゆる大ボラ、大ブロシキを広げる者も…。残念。
※地蔵 言わずと知れたお地蔵さま地蔵菩薩、お釈迦様亡き後、弥勒菩薩が出現するまでの期間、六道(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道)で苦しむ衆生の救済にあたる菩薩です。菩薩は既に悟りを開いているのですが、人々の救済を願い如来にならず、菩薩のまま私達により近い位置にいると考えられています。ただ、我が地蔵衆の者どもが皆悟りを開いているか否かは大いに疑問?