「山川草木悉有仏性」という考えがあります。自然の中にこそお釈迦様が教えられた悟りへ至る法(教え)、真理がそのまま見いだすことができる。あたかも仏が説法しているかの如くそこから教えが聞こえてくるといった意味だと思います。
「渓声即ち是れ広長舌 山色豈清浄身に非ざらんや」広長舌とは、仏の特徴を表す三十ニの瑞相の一つ。絶え間なく響く谷川の響き。そして山の青々とした風光緑深き木々の森、そのすべてがまさにそのまま清浄なる仏の姿であり、ご説法である。という蘇東坡居士の言葉も同じ考えを意味するものでしょう。
「峰の色 谷の響きもみなながら 我が釈迦牟尼の声と姿と」(道元禅師 傘松道詠)
も、自然の中に釈尊の教えを見出したお心を詠んだものでしょう。何気なく見る草や木々の姿に、自然界の法則を感じ、同じ命の投影を見る。川の流れ、大地の転変にこの世の真理を見いだすことが出来る。だからこそ、そこに釈尊の教えが見いだされるのであり、智慧がありありと表される。本来、あらゆるすべてのものから私たちは教えを得ることが出来るということになり、要は私たち自身のそれを受け取る能力、感性、が求められているということなのだと思います。