元看護士で、曹洞宗にて出家修行し、現在臨済宗寺院の副住職として活動している飯島恵道師(尼僧)の「お悔やみ訪問」という文章の中で、「葬儀は仏教儀礼であると同時に、遺族に対するケアの場であると考える。即ち、葬儀は継続看護の一環としてのケアの場であるということ。こう考えるならば、葬儀を執行する僧侶は、それ以降、遺族に対してケアを提供するスタッフであるとも考えられる」 勿論この文は、遺族に対する僧侶の立場や心のケアの必要性を意味するものではあるが、少なくても執行時においては、葬儀や告別式に携る者すべてが持って然るべき心構えと考えます。また同師による一言「内科病棟、訪問看護、ホスピスと看護婦の仕事を続けてきました。臨床経験を重ねてきたその気持ちのまま寺に帰ったら、話のあう人がいませんでした。話が出来たのは高橋卓志さんだけだった。寺や僧は、人の苦しみに手を差し延べなければならないのに、今の寺は、癒しがお留守で教義が優先でした。人のための寺という存在を目指したい」 寺を葬祭業、教義を経済観念と入れ替えれば言わずもがな。 |