次に前述高橋卓志師(臨済宗の僧侶)の一文、「仏教の葬送儀礼の中にも死者を遠ざけ、死を忌み嫌う民間の風潮が入りこんできている『エンドステージ』を共に見つめるのが寺の役割であるはず。 ここで言う『エンドステージ』とは、終幕。死を自ら考え自らイメージして人生のエンドステージのシナリオを書く=人は誰も必ず死を経験するのである。具体的には生前準備という事になるが、本人の満足感を充足し、遺族の精神的な負担までも減少することに繋がる。このように考える時、ソフト面では寺が、ハード面では葬儀社と、役割の分担や協力が不可欠になるものと考える。 またこれに付随して、エンディングセンター代表井上治代氏『墓を巡る家族論』の中で死者の人権について述べる「一人の人間の生き様の延長線上に自分らしく死ぬための自己決定権があってもいいように思う。「死者の人権」を守るための協力もまた必要なことではないか。 |