−葬送ジャーナリスト碑文谷 創氏の発言より− 葬祭業とは、イベント業でも、葬具提供業でも、司式業でも、ましてや宗教儀礼の提供者でもない。私が最も適切だと考えるのは「遺族が故人を弔うことをさまざまな形で支援する仕事」(全葬連「生活者への宣言」)である。死者も固有ならば遺族の弔い方もそれぞれであろう。弔いの主体であるそれぞれの遺族の心に副って、情報の提供から始まる多様なサポートを行うこと、これが仕事の原点ではないだろうか。これを原点とするならば、仕事は「聴く」ことから全てが始まる。単に相手の希望する葬式形態をたずねるだけではない。むしろ、何をなすかよりも遺族の心の底にある想いをどれだけ感じとれるかが「聴く」ということの内容だろう。私の尊敬する知人が「マニュアル人間になってはダメ」と、葬儀社を経営する友人に向かって強く言っていた。サービスもマニュアル流行りである。所作の基本ができていることは重要である。だが誰に対しての、何の目的のためのサービスかを忘れたときに、そのサービスは死んでいる。この「想いを聴く」ことを大切にすれば、もっと生活者である遺族個々に密着したサービスの提供者に葬祭業者はなり得るのではないだろうか。 |