「誰にも世話になんかなりたくない、誰にも世話になんかならない」ちょっと気丈なご高齢の方の口をついて出た言葉、迷惑をかけずに生きていくという覚悟の裏返しとしても、なかなかそうはいきませんね。特に大震災を経験した私たちは、老若に関わらず、誰かの世話なしでは生きていけないことを実感させられました。
 そしてより深く悲しむ心の救いを求めれば、そこに同じ思いを経験し、且つ乗り越える術(すべ)を持つ方の教えに耳を傾けるのが得策ではないでしょうか。
 この術を持つ方を、私たちは“仏陀(ブッダ)”とお呼びし、その教えを頂きながら、苦しみや悲しみから救われていきましょう、その為に正しい生き方をしていきましょうと考え、またそれが仏弟子としての生き方ともいえます。
 さて、この度、ご縁がありまして、仙林寺にて仏弟子としての生き方を選択した方がおられます。
 坐禅会のメンバーとして、またチームせんりんじの隊員としてもご活躍いただいている 松野行秀氏(五十歳)、ゴージャス松野といえばお分かりいただけますでしょうか。
 「授戒(じゅかい)・得度(とくど)」といいます。家族や友人等のお付き合いをヨコの付き合いとすれば仏とのご縁は、まさしくタテのお付き合いでしょう。仏の心とつらなる事を心の安心と定められ、タテの棒を手にします。また、今では戒名といえば、ご葬儀の時に、ややもすれば買い受けるような誤解がありますが、実は、松野氏のように、生前、仏陀の弟子となり、その時頂く仏弟子名が戒名ということになります。
 「得度」とは、迷いから悟りへの橋渡し。期せずして彼岸の時期、彼岸という悟りの岸への道行きです。また、「授戒」とは、仏、教え、信じる仲間という三宝を信じますとの誓いをたてる式をいいますので、氏は、本日より仏陀、お釈迦様の正式なお弟子としての日送りが約束され、それと同時に、仏教的安心を心にいただく事ができたということになります。
 とかく不安定な事象に囲まれる私たちです。安心の先を求め、スピリチュアルな世界に興味を持ち、パワースポット詣でに勤しむ。それぞれ皆様考えが異なりますので、あえて否定はしませんが、案外身近なところに安心の杖は立てかけてあるようです。サイズや素材も選ぶ必要がなく、年齢による見栄え等関係のない万人向けの杖です。よろしければ皆様もお使いになりませんでしょうか。

発心して・・・得度式
  得度とは、発心(ほっしん)し彼岸にわたること、仏門入り僧侶になること。
  度とは、サンスクリット語の語訳で<渡る>ことを指す。と解説されています。

 3月19日(月)得度式に相応しい晴れの朝、午前10時から得度式が仙林寺の法堂で執り行われ、まず、本師が堂場を清め、ピンと張りつめた空気の中、発心の人松野行秀氏が入堂。
仏前三拝、本師前三拝、父母牌前でお拝した後、「剃髪」から始まり、法式が進められました。

ここに至るには・・様々な縁起があったと思われますが、その一面を本人のブログから転載します。

◇3月16日 上山前日
私、心に思うことがあり、得度させていただくことにしました。本来なら出家の儀式となるようですが、可能な限り仏道に沿った生き方をする形をとらせて頂く事に致しました。明日から3日間、坐禅・礼拝・読経等様々な生活作法を学ばせて頂き、授戒(十六条戒)とお釈迦様につながる「血脈」を授けて頂く予定です。
 今夜は緊張と不安そして希望が入り混じった複雑な心境です。
 [ 男子50にして天命を知る ]
 これからの人生を全うするために頑張ります。

◇3月17日 上山
「得度に関する諸々の作法や、心構えを教えていただき、法堂への入堂の仕方、礼拝、得度式の法式についても学びました。
 日程は、修行僧堂とほぼ同じ内容で 、夜は、精進料理を一緒に作った後、五観の偈を唱え有り難く頂きました。
  宿坊においても、食事を始め、洗面、入浴、就寝等すべてが修行であり、
 一つ一つの所作にも偈文がありました。薬石(夕食)後は、師に対する心得や、あり方を兄弟子からご教授していただきました。
  少しずつ、気が引き締まる有り難い一日を過ごさせていただきました。

◇3月18日

朝4時に起床、本堂前で合掌低頭し入堂、暁天坐禅の後、朝のおつとめ、坐禅の「静」読経の「動」。朝の張りつめた空間・・・身も心も引き締まる時間でした。
朝食は修行僧が使う「応量器」を使いその作法を指導して頂きました。
修行僧にとっては、食事も大切な修行の一つです。
境内の掃除を済ませた後は、本日営まれた法要を末席で見学させて頂きました。
ご住職様から得度に関する心構えをご教授頂き、心の準備も整いました。
ゴージャス松野は、ついに僧侶にならせていただきます

そして三月十九日春彼岸、午前十一時、【覚念行秀(かくねんぎょうしゅう)】僧侶が誕生しました。法齢一歳です。
厳しくもあたたかい眼で見守って下さいますようお願いいたします。

◇3月31日 【修行と勉強】
今日は、僧侶としての修行と、仏事に関する諸々勉強の為、再び仙林寺に上山させて頂きました。
得度の時と同様に、仙林寺宿坊・其中庵に宿泊させて頂き、一泊二日の予定で修行と勉強をさせて頂きます。
初日の今日は、午後に仙林寺へ上山致しました。
山門をくぐり抜け、お寺の敷地に足を一歩踏み入れると、そこは別世界。
敷地の中は、我々が普段生活している下界とは異って、荘厳さと静寂で満ち溢れています。
到着後、まずは仙林寺の月刊紙「仙林寺だより」の折込作業の手伝をさせて頂きました。
「心が揃うと、折り目も揃う」
読まれる方の気持ちを考えて、心を込めて折らせて頂きました。
そして、午後四時からは鐘突き…。
今日は、私一人で鐘を突くことを任されました。
緊張の一時です。
鐘の音にばらつきが無いように気を使い、一突き一突きを慎重に、そして、丁寧に突かせて頂きました。
近所の方々の耳には、どんな風に鐘の音が届いたことでしょう…。
鐘突きの後は、夕刻のお勤めと座禅の時間です。
裕好師のご指導を受けて、初めて見るお経も読ませて頂きました。
こちらもまだまだ修行が必要…。
とにかく、お経は、耳で聞いて覚えることが大切だということを教えて頂きました。
座禅の後は、其中庵に戻り夕食の時間。
裕好師お手製の精進料理を「五観の偈」を唱えてから頂きました。
食べ物に感謝、そして、裕好師に感謝…。
食後は、裕好師と歓談…お経についての諸々や、仏教的な生き方について、ご教授頂きました。
充実した一日を過ごさせて頂きました。 合掌

◇4月1日 【修行二日目】
「春はあけぼの、やうやう白くなりゆくや山ぎわ」
お寺の朝は、早い…。
得度修行の時と同じく、午前四時に起床…まずは朝の座禅でお寺の一日は始まります。
夜明け間際の静けさ中で、何も考えず、そして、何も求めず無心に座る(只管打坐)…もし、枕草子が生きていたら、さぞかしこんな状況を「いと、おかし(趣き深い)」と表現したことでしょう。
座禅終了後は、朝のお勤めの時間。
得度式の時に、頂いた絡子(袈裟)を身に着けて、僧侶として、初めてのお勤めをさせて頂きました。
「たかが袈裟一枚、されど袈裟一枚」
絡子(袈裟)の重みを、しみじみと、感じるひと時でした。
座禅とお勤めが終われば、朝食をはさんで作務に入ります。
まずは、境内の清掃、そして、本堂の雑巾掛け。
ただ単に、ゴミが有るから掃くのではなく、また、汚れが有るから拭くのでもなく、修行の場を浄める心で、作務を勤めさせて頂く…禅宗においては、作務も大切な修行の一つです。
作務が終了する頃には、時計の針は既に、十二時を回ろうとしていました。
裕好師と共に、昼のお勤めをさせて頂き、昼食…。
午後は、昨日に続いて、「仙林寺だより」の折り込み作業(作務)をさせて頂きました。
夕刻、体験座禅に来られた方と一緒に座禅をさせて頂き、本日下山致しました。
部屋に戻って、相田みつをさんの日めくりカレンダーに、ふと目をやると、今日一日の言葉は、「いまから ここから」。
まさに、私の修行の道は、「いまからここから」始まりです。