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| 先月4年生の見学学習を、土曜日ごと3回ほどお受けいたしましたが、今月3日は6年生の訪問を受けました。「保原に生きる」という題材で、郷土の南画家熊坂適山、蘭斎の史跡を訪ねる班、また、伝統を守る意味を考える班、二班での学習です。 適山、蘭斎合作の句碑前にて説明の後、本堂に入り、適山の師田能村竹田「釈迦出山の図」、適山山水の図を鑑賞しました。伝統を守る意味を考える班には、仏教が、また禅が今に至るまでの歴史、そして開山堂の位牌に囲まれる中で、仙林寺の僧侶として私が今あるのは、歴代の住職方の「お寺を守って行かなくては」と護持する姿勢が維持されてきたからこそというところまで話は及びます。 見学の最後に「今、私達子供に何か伝えたい事はありませんか」の質問に、しめたとばかり命の教育、「伝統とは、建物や歴史の事だけではなく、肝心なのは遙かなる人と人との繋がりがあってはじめて成り立つわけです。皆さんの命もその通り、両親があり、祖父母があり、もっと言えば35億年とも言われる長い長い生命の繋がりがあったから、私達が今こうしてここに居る事ができる。その中一人でも途切れたならば、私という存在はないのです。だから、一人一人のいのちは、重く大切なのですね」果たして思いは伝わったでしょうか。ところで「唯我独尊」という言葉も、本来この私の命の重みを言ったものです。本来からすると「唯我独尊に陥る」と言った言い回しは間違った用法なのです。ご参考までに・・・。 |