「今日彼岸菩提の種を蒔く日かな」
俳人松尾芭蕉の句と言われております。お彼岸のこの日に、悟りに到る修行を始める好時節であることだな。という意味でしょうか、お盆やお彼岸などおよそ仏教的な数々の行事は、教えに出会うきっかけとしてあるもので、もっと言えば教えを行動に移す為の種まきの日と言えるのかもしれません。その様に考えると身近な方のご葬儀の様に特に仏の世界をより近く感じる機会は、悲しみの大きさだけの気付きを与えられているのかもしれません。
また、先の句に「今日」と限定しているかのような表現がありますが、明日でも明後日でもないところに「今」この時にという一期一会の思いが感じられます。過ぎ去った彼岸の無限の広がりを感じる事はあっても、次の彼岸の日を迎える約束は誰にもできません。只新しい参禅者が訪れるのも例年この時期、季節の行事としての彼岸ではなく、心の種まき時期を窺う修行者が年々増えている状況を見ると、彼の岸は、生前にしかも意外と近くにあるリアルな岸である事に気付く方もまた緩やかな増加傾向にあるようです。因みに菩提とはお悟りの心、蒔かない種に発芽を望めない事は言わずもがな・・・。 |
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小さな美術館
春秋のお彼岸とお盆にこじんまりと開催しております美術展です。今回は春の季節に因み辛夷や桜、梅など花に彩られた版画を取り揃え参拝の皆様をお迎えしました。一方、本堂東側の部屋には恒例の地獄極楽図が掛けられ、「悪い事をすると・・・」お孫さんを連れて俄か説教!微笑ましい光景でした。有る無しにかかわらず見えない存在を想定する事でご先祖様への感謝の心が芽生えるものと思います。子供たちに恐れられる地獄の餓鬼達も悪役冥利に尽きるというものでしょう。閻魔さまもきっとお喜びです。 |
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