観音様は正式には観世音菩薩と言いまして、世の中の音を観じて救いの手を差し延べる菩薩様、私たちの苦しみ悲しみをすべてお聞きくださり、一人ももらさずお救い下さる御仏様でございます。
 ところで、永平寺の寂光苑には、一葉観音様というあまり聞きなれない菩薩様がお祀りされております。道元禅師様が中国でのご修行を勤められ、帰りの船がしけにあった時にお出ましになられ、嵐を鎮められたとの謂れがあることから、海や船に関わる皆様の信仰をあつめているようです。
 また、この一葉観音というお名前ですが、大きな一枚の葉を船に見立て、その上に立てひざでお坐りになっているお姿からその名が付いたようでございます。
 では、この葉っぱは何の葉かと申しますと、仏教にはご縁の深い美しい蓮の一弁と言うことです。この蓮を使った言葉に一蓮托生があります。元々仏教用語で、生前のご信仰があれば、あちらの世では誰もがお釈迦様の蓮の台にお救い下さる。という仏教を志す者の安心のお言葉でございます。

どなたの詩だったか思い出せませんが、次のような歌があります。
    坂三里 辛さが楽し 里がえり 
    若葉のかなた 桃の咲く家

 何の理由も無く三里の坂を越えろと言われれば、ただ辛いだけ しかしその若葉香る向こうには、桃の花が美しく咲く生まれ育った家があり、今日はじめて里がえりする私を今か今かと待って下さる母の元に帰ると思えば と言うような意味かと思います。
 観音様を信仰すると言う事は、やがてお帰りいただく場所を、大いなる母の元、懐かしい命のふる里と安心してお任せできる心の拠り所が出来ると言うことです。
 観音様は、遊化して救うと言います。遊び教化する。遊びながら教え導くと言います。
 歌い、踊りながら教えを頂く、大いに楽しんでお帰り頂ければ観音様もお喜びになると思います。