30日、今年で六回目を数える恒例の坐禅会です。昨年と変わったのは若干のメンバー変更。遠くは横浜から参加の子もいたようです。
さて、メンバー変更といえばこちらも同じ、指導要員もバージョンアップです。得度式を済ませたばかりの裕好さんも仙林寺では即戦力、早速坐禅の組み方指導にかり出されます。朝晩の坐禅を欠かす事無く修行を続ける裕好さん、指導にも力が入ります。その熱意に圧倒されてか?腹痛でリタイアの子が約一名。緊張の糸がほぐれればすぐさま戦線(朝ごはん)復帰できるところがとっても子供らしくていいですね。
終了後は、会館にて質疑応答の時間。なかなか出ない質問の呼び水にと、僧堂安居(あんご)(正式な道場に修行に行くこと)準備の為床の間に並べられた什物(じゅうもつ)(お寺でまた僧侶が使う品々)を紹介すると一変、引率の親御さんまでが興味津々です。応量器(食事の為の入れ子式容器)の使い方から命の大切さまで話が及び自己満足も佳境に。
ラジオ体操ならぬ首の上下運動もほどほどが良いようで…。「腹へった〜」質問ならぬ訴えの声が響いたところでそろそろタイムアップか。
本堂前の記念写真が済めば最後のご挨拶。サマーキャンプ最終日大トリの一番終了です。 |
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−坐禅でのお話より−
「成りきるという事」
昔、中国に玄沙和尚というお坊さんがいました。若い頃は魚釣りの漁師でしたが、三十歳の時お父さんが船から落ち溺れ死ぬのを見てお坊さんになり、雪峰禅師の下修行を始めたのです。
お寺の事は知らない事ばかり、お経を勉強したり坐禅を組んだり、それこそ一日中修行に励みました。それでもお師匠さんに叩かれる事もあり、先輩のお坊さんに叱られる事もありました。叩かれれば叩かれるほど、叱られれば叱られるほど玄沙和尚は気を奮い立たせて頑張りました。
そんなある日もっと多くのお坊さんから仏教の教えを教わりたいと旅に出る事にしたのです。旅行かばんにお経や食器をしまい山を下りてゆきました。慌てたからでしょうか、足の指を石に引っ掛けてしまいました。見れば血が吹き出ています。この時玄沙さんは痛いと感じている体とはいったい何なのかと考え始めます。私達の体は周りの状況によっていくらでも変わります。例えば天気が良ければ清々するし、雨が続けば気分が滅入る。私達の体はそんなふうに周りのものによって色々変わるものです
それなら今の痛みはどこから来たものなのか、足か、頭なのか、実はそれぞれが痛いのではなくて、その全てが痛いと考えた時、玄沙和尚はその痛さそのものになり切ってしまったのです。(例 心頭滅却すれば火自ずから涼し)
一つのことになりきってしまうのであれば、もうどこかへ行って人から教わる事もないと気が付きました。和尚さんは雪峰禅師のところに帰り、そこで以前にもまして厳しい修行に励むのでした。そして「この世界はすべてがダイヤモンドよりもっと明るく輝いた宝石である」という素晴らしい言葉を残されました。(例 脚下黄金の地、脚下照顧、帰家穏坐)
皆さん一人一人の中にもこのような美しく尊い宝石があります。この事をしっかりと心にとめて置きたいものです。 |
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