二十八日、川俣町頭陀寺さんで来る十月七、八両日にわたり行われる晋山結制のならし(予行練習)に行ってまいりました。
 晋山式とは、お寺を呼称する時に「一山(いっさん)」という事でもわかるように正式に山(寺)に入る事、入山する事を明らかにする僧侶として一世一代の大法要です。
 ところで、お寺のこうした法要もやはりその地域や修行した本山によって、お作法に若干の違いがあります。その違いを調整するためにこの予行練習があります。またお寺の行事は言葉ではなくすべて鳴らし物と呼ばれる鐘や太鼓などの法具によって進行されます。言葉のない世界、それだけに事前の打ち合わせが大切になります。禅宗の法要での禅僧の動きは、他の仏教各宗の僧侶からも特に美しいと評価されるのも、綿密な点検と、道場での日々積み重ねた修行によって身についた作法が、見るものにとって一糸乱れぬ姿として美しく映るのかもしれません。「人は見た目が9割」という本がベストセラーになっていますが、見られ方も見る側も用はその目が養われていることが肝要、見た目で判断!はこれまた容易ではありません。