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| 二月一日、仙台楽楽楽ホールにて“第九十三回禅をきく会”が開催されました。愛知専門尼僧堂 青山俊董堂長をお迎えして、禅の悟りにいたるまでの様子を表す「十牛図」の話をお聞きしました。当日は四、五百はあろうかと思われる席が満席、老師の人気の高さが伺われます。ご存じない方に少し説明させて頂きますが、老師などと聞くと男性の僧侶というイメージがあるかと思いますが、青山老師は実は女性のお坊さんで、女性出家者を対象とする修行道場の堂長さまです。 講演のはじまりはやはり女性らしくまず自作の歌を一句“くさぐさの 葉末にやどる 白露の 一つ一つに 月影の澄む”今年の勅題に月に因むお歌だそうです。およそ三十八万キロの彼方に輝くあの月も、この私の手許にある草葉に宿る白露にまでその影を落とす。しかも草々であり、一つ一つであるところに、誰もが持っている澄んだ心というお悟りの気付きを促されているかのようです。 さて、お話は「十牛図」牛飼いが牛に出会って飼いならすまでを前五つの図で表し、後の五つの図では牛を飼いならしてから、ではそれからどうするのかという心持ちを禅の境涯に併せ思料してゆくものです。今回の講演は前五つ、それぞれ尋牛、見跡、見牛、得牛牧牛。 青山老師はまず、自分というものを自己と自我に分け、それぞれ自我を牛飼いに、自己を牛に例えます。自我とは拘りの心に覆われた自分、自己とは拘りを離れた本来の自分です。自我によりふらふらしたりよろよろしながらの人生修行ですが、それを支える力となるものが「四勝力」であると仰います。因力(授かり)、作意力(やる気)、善友力(真理への志を同じくし、結ばれている友)、資糧力(チャンスをつかむ)これらの力を元としてまた牛に例えた本来の自己にもよおされて、飼いならした牛の図へと導かれてゆくものでしょう。最後に昭和の禅哲 澤木興道老師の言葉を引用して“生活の全分を仏様に引っ張られて行くことじゃ”お後がよろしいようで。来年の十牛図後半のお話を楽しみにお開きとなりました。善友力に引っ張られての講演会、有意義な二時間でした。 |