あれからもう一年が経ったのでしょうか、五日、今回で七回目を迎える坐禅体験です。キャンプ三日目の早朝ということもあり、子供も大人も少々バテ気味なのでしょう。坐禅の最中も引率の方々は瞼が重たそうです。「坐禅の感想は」と子供に問えば「疲れた〜」。の合掌ならぬ合唱!三十名の参加者の中で元気だったのは始めて参加した小学一年生の男の子一人?だったでしょうか。
 質問コーナーでは毎度お馴染み「お坊さんの頭はなんで髪の毛がないの〜」からはじまり、「床の間に掛けてある絵は何?」「漢字だらけの紙(掛け軸)は何が書いてあるのか」興味は中々尽きないようです。
 東北各地からわざわざ集まっている子供たちです。お寺という常日頃あまり訪れる事のない異空間に身を置き、坐禅という非日常の体験が良き思い出となること。またいつの日か坐禅が日常のものとして親しめるご縁となれば何よりも幸いです。
 ですが、まずは永平寺の禅師様が仰る様に「朝晩仏壇の前に座り真っ直ぐにお線香を立てて五分でいいから静かに座ること」子供たちの心の何かが静かに変わるかもしれません。

−坐禅でのお話から−
 私達は、さほど汚れてもいないのに、きまって顔を洗ったり、部屋を掃除したりします。同じように心も、一日の汚れをきれいに洗い落とさなくてはならないのだと思います。
 でも心の汚れは、お洗濯のように目の前に出してジャブジャブ洗うわけにはいきません。では、どうすればきれいに汚れを落とす事ができるのでしょうか。
 仏様はこの心の汚れは大きく見て三つあるとお話になります。それを三つの毒と書いて三毒≠ニいいます。自分のしたいこと、欲しいものだけに我侭な心をはたらかせる、これを貪(とん)と言います。そして些細なことに腹を立てて怒り出す心を瞋(じん)、そしてつまらない事にくよくよと悩む心を痴(ち)と言います。
今、テレビや映画で「西遊記」が話題になっています。玄奘三蔵という偉いお坊さんが大切なお経をインドから中国に伝えるためにした旅の様子を物語りにしたものです。この中に出てくる三人のお供は、皆さんもよく知っている通り、猪八戒、孫悟空、沙悟浄です。物語の中で登場する三人ですが、勿論実際にお供として居た訳ではなく、玄奘三蔵さんの心に現れた三毒の心を化け物の姿に例えたものでした。
猪八戒は食べる欲に捉われる貪・むさぼり。孫悟空はすぐに短気を起こす瞋・いかり。沙悟浄はずるさや怠け心の痴・おろかさ を表しているのです。
そして、この三毒の心は一度起こってしまうと、どんどん心の奥底にたまってしまいます。玄奘三蔵さんが時折孫悟空の頭の輪を締めて懲らしめたように、私達もたまった汚れをこびりついてしまう前にこまめにお洗濯する必要があるのです。
坐禅をして姿勢を整える事は、心のお洗濯をする事です。
一日の始まりにその日一日心を汚さない自分でいようと姿勢を正して誓いましょう。そして一日の終わりにはその日一日を反省しながら正しく坐りましょう。
玄奘さんがお経を持ち帰った事で多くの人が救われたように、心のお洗濯をすることで皆さんもきっと多くの人の役に立つ大人になれることと思います。