今風に言ってみましたが、事は重大でした。雨が降るごとにドキドキ感が増していた原因は屋根の雨漏りにありました。一時は建替え案も浮上しましたが、長年の風雪に耐え、雨漏りを堪えた柱の一本一本に歴史のしわが刻み込まれております。足腰の弱体化はコンクリートや束石の力を借りました。野地板まで痛んだ屋根は、張替えを施し、軽量化を計る為、銅版葺きとしました。傍目にはまだまだ元気なそのお姿ですが、昭和八年の建立ですから御年七十四歳、あまり無理をさせずに体力を温存していただく事が肝要です。
 修復の後は、より良い年の重ね方のお手本としてのお役も担って頂きます。まさにアンチエージング、これからまだまだ末永くお付き合いいただく事となります。宜しくお願いします。
※ ―お詫びー
工事がお彼岸と重なりお墓参りに支障をきたしてしまいました。早急な修理が望ましいということでこの時期の選定となりました。参拝者の皆様にはご不便をおかけしました事、あらためてお詫び申し上げます。

 伊達市の文化財にも指定されている両翁の画碑が観音堂改築に伴い場所を移転致します。現在の場所より五十メートルほど南、山門を入って左側、象岩の西隣へと引越しです。
観音堂南側に二基、秋葉堂前に一基と離ればなれを余儀なくされていた画碑も、観音様のご利益もあってか、めでたく揃って日の目を見た感があります。
 芭蕉の句碑は、本堂前、多羅葉樹の樹下に落ち着きました。多羅葉樹は葉の裏に字を書くと黒く浮かび上がるところから、葉書の木の別名もあり、古くは経文を書き記したとの云われもあります。何となく短冊を手にした芭蕉の姿が目に浮かぶような気がしませんか?