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| 2月15日は、お釈迦様の命日です。かの西行が、その日を「願わくば・・如月、望月の頃」と、同じ日にご自分の旅立ちを願っていたことでも知られております。釈尊への強い憧れがそのような気持ちを起こさしめたものと思いますが、坐禅を教えとして頂く私達も、ご命日のその日に向けて8日間の集中坐禅修行を致しました。提唱でのお話は『修証義・総序』を学びました。「生をあきらめ死をあきらむるは仏家一大事の因縁なり」曹洞宗の檀信徒なら皆様よくご存知の一節ですが、仏教の肝要はここに言い尽くされているのではないでしょうか。生きる事、そして死ぬ事もそれが避けることの出来ない事実であるならば、選り好みすることなくまるごとお受けするしかない。また死から生を考える事で今日一日を無駄に過ごす事無く、いわんや今の一瞬も無駄には出来ないと、必死に生き切る事の大切さを説くものでしょう。ところで「涅槃」の言葉の意味として、人間釈尊の死、そして拘りの娑婆世界から離れたお悟りの境地という二つの捉え方がありますが、その様に考えますとなるほど合点がいきます。 また、ご葬儀での引導の折、松明を回しながら「生死即涅槃 涅槃即生死」と唱える儀礼がありますが、涅槃の旅路へ赴く故人に道行きの灯火となれば何より幸い、ただ、それだけではなく引導を渡す側にとっても人生という道程の力強い杖となっているような気がしております。 人の死から受ける教え、導きをあらためて考えさせられる今年の接心でありました。 |